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2011年 秋・冬(10月~) の連続ツイート

6月以降、月日は降順、時間は昇順にしました。

新← 2011→2012教師こそが勉強せよ

辞書引き付箋貼り崇拝もほどほどに「読み」も「書き」も、短く短く短く!

12/6朝日新聞記事「入試に小説 なぜ出ない?」から考える

物語文読解(気持ちを問うということ)/「国語の答えは1つじゃない」は正しいか?

取材・インタビューの鉄則批判と非難と代案と国語教育改革を断固果たすべし新・「国語力」序説

入試読解の罪、かく深し/SAPIXにもの申す視写/宿題/学校と家庭出題者との対話 →旧
 

【11/12/31】

クビイタイ。
posted at 03:34:30

年末ジャンボで「肩こり首こり腰痛がすべて治るで賞」か「鼻炎が消え去るで賞」が当たるなら、100万くらいつぎ込む。いや、もっとかもしれない。
posted at 03:36:51

【2011→2012 「 」→「 」】 「書く」より「読む」(2011はアウトプット過多だった。2012はインプットを重視する)。
posted at 03:45:55

【2011→2012 「 」→「 」】 「狭」→「広」(塾を、広い場所へ移転する)。そのためにも、「個人事業」→「会社」(開業6年目にしてようやくの会社化を果たす)。
posted at 03:49:55

みなさんの【2011→2012 「 」→「 」】は、なんですか(できるだけ対比的に)。
posted at 03:55:01

飛躍の照準は2013年だ。12年じゃない。12年はエネルギーをためる。慌てない慌てない。
posted at 03:55:42

2012年は40歳になるわけだが。さすがに、それなりの重みを持った数字だが。だからといって、特にどうということもない。
posted at 03:58:33

4時になったことだし…2011年に世に出した本を振り返ってみよう。
posted at 04:00:10

8月刊行:ふくしま式「国語の読解問題」に強くなる問題集 http://ow.ly/8ee0K (執筆期間5~7月)/9月刊行:ふくしま式 難関校に合格する子の「国語読解力」 http://ow.ly/8ee0M (執筆期間1~3月)/続く
posted at 04:02:01

11月刊行:スペシャリスト直伝!国語科授業成功の極意 http://ow.ly/8ee83 (執筆期間:4~5月)/11月刊行:Twitterで磨く! 20代からの「国語力」 http://ow.ly/8ee84 (執筆期間:9~11月)/以上4冊。ハイペース過ぎて笑う。
posted at 04:04:45

著書以外のメディア履歴もまとめてみる。3月:東京新聞、4月:日本教育新聞(教育資料)、5月:読売新聞(教育ルネサンス)、6月:日経ビジネスアソシエ、6月:頭のいい子の育て方、10月:毎日コミュニケーションズ、12月:国語教育。詳細はHP http://ow.ly/8eeoX
posted at 04:11:43

そして2012年の予定は…まず著書から。 3月:「本当の語彙力」が身につく問題集(仮)大和出版、5月:「国語」が子どもをダメにする(仮)中公新書ラクレ。4~8月は休筆・インプット重視期間とする。以降詳細未定(筑摩新書、大和出版の予定)。2013年は大和書房、PHP…と続く予定。
posted at 04:17:22

2012年のメディア予定は… 1月:パルシステム広報誌Lib、1月:現代教育科学、1月:朝日小学生新聞、まで(詳細はHP)。以降は未定。少なくとも4~8月は、雑誌原稿などもできるだけ書かずに休筆としたい。
posted at 04:20:49

ざっとこんな感じ。こうしてみると、2011年もよく頑張ったなあ。とは思う。2012年も忙しくなるだろう。とも思う。
posted at 04:23:21

まあ、そんな来年のすべての予定は、今後起こりうる新たな震災や原発事故を回避できた場合、という最前提条件つきなわけだが。けっこう難しいんじゃないか、これ(笑)。
posted at 04:25:16
【11/12/21】
冬休み…もっと休みたい。そしてもっと本を読みたい。
posted at 12:25:12

もっと学ばねば。勉強せねば。
posted at 12:25:57

教師こそ、勉強すべき。
posted at 12:26:56

学ぶ教師の生徒は伸びる。学ばない教師の生徒は伸びない。
posted at 12:27:45

学校教師のインプットの少なさは半端じゃない。こんな自分でさえ、学校教師の間はおそらく職員室で一番勉強していた。
posted at 12:36:57

ただ本を読んだだけじゃない、月に1度の教師サークル、月に2度のセミナー参加は当たり前だった。
posted at 12:38:52

土日に遊んでいる教師の生徒は堕落する。土日に勉強している教師の生徒は向上する。
posted at 12:40:01

それでも、学校教師をやめたあと、自分にはまったく勉強が足りなかったことに気づいた。無知もいいところだった。
posted at 12:42:01

学校教師も競い合うべき、というのは正しい。橋下氏の発想は間違っていない(ただし、相対評価で退職させるというのはおかしい)。
posted at 12:44:51

先ほどから書いている「教師こそ学ぶべき」ということは自明の理。常識。なのに、そこに疑念をはさんでくる人がいる。しかもそれは教師。あり得ない。
posted at 13:07:34

教師が学ぶ必要なんてないと思っている教師は、「忙しいから本なんて読んでられない」という自己正当化教師、あるいは「教師が学んでそれを与えるという発想自体が間違っている」という「学び合い」風思想の教師のどちらかだ。
posted at 13:09:50

学ぶ必然性を感じていないのは、「教えない教師」。「教師は支援者であり指導者ではないんだから」などと言い放つ。いい気なもんだ。
posted at 13:12:22

同様に、書くことなしに、読むことの重要性を感じることはできない。書いて書いて書きまくると、実は読むことこそが先決であることに気づく。
posted at 13:13:35

と、当たり前のことをつらつらと書いていないで、さっさと行かねば。
posted at 13:14:36

教えないことに美を見いだしている大人は、後で子どもに恨まれることになる。なぜ教えてくれなかったの、と。
posted at 15:49:28

「子どもの頃、僕に何も教えずに自由に放任してくれてありがとう、おかげで自分は成長できた」と言い出す子がいるかもしれないが、そんなのはせいぜい20代前半まで。それを超えたとき初めて、まともな教育を受けさせてもらえなかったことにやり場のない怒りを抱くようになる。
posted at 15:51:29

教師はそんなに楽な仕事じゃない。RT @k-----: アフター5は社会勉強!異業種交流!肉体改造!などなど。RT @FukushimaKokugo: アフター5に勉強するならね。 RT @k-----:…アフター5こそ教師の真骨頂! RT @FukushimaKokugo 教師こそ、勉強すべき。
posted at 18:49:36

そもそも教師にアフター5なんてない。アフター12くらいだ。アフター12(深夜0時)から30分でも本を読む教師、それが教師としてのスタートライン、そういう教師が「普通の」教師。
posted at 18:52:04

教師の問題は医師に置き換えると腑に落ちる場合が多い。医療知識・医療技術を学び続けない医師に身を預けたいかどうか、と考えればいい。教師とて同じ。現状に満足しアフター5を楽しむことに心血を注ぐような教師に教わりたいか、わが子を預けたいか、と考えればいい。ただそれだけのこと。
posted at 19:16:09

学ぶ教師は謙虚。試験の平均点が低い原因を自分に帰する。学ばない教師は傲慢。試験の平均点が低い原因を生徒に帰する。
posted at 19:17:37

学ぶ教師は、本からも学ぶし、先輩教師からも学ぶし、児童生徒からも学ぶ。学ばない教師は、本からも学ばないし、先輩教師からも学ばないし、児童生徒からも学ばない。
posted at 19:20:06

【11/12/20】
辞書に付箋を次々貼らせていく深谷圭助氏の手法は決して無益ではない。語彙力向上に確実に貢献している。しかし、それに傾注するあまり、「辞書さえ引けば何でも分かる」と勘違いしている子がときどきいる。困りものだ。
posted at 01:31:35

新明解のような特殊な辞書を除き、辞書の多くは中立的な意味を述べているに過ぎない。引けば引くほど分からなくなることも多々ある。また、用例はあってもそれは1つの具体例に過ぎず、一般的に「どういう状況で」使われるのか、あるいは使われないのかということまでは書かれていないことが多い。
posted at 01:35:21

プラスの状況でしか使われない言葉、マイナスの状況でしか使われない言葉等、用法に関する暗黙のルールについてまでは、辞書には載っていない。そういう「ニュアンス」は、使いながら失敗を重ねて身につけるか、あるいは、大人にたずねて理解を深めるか、それしかない。
posted at 01:38:40

辞書を引いて満足し(教師にはたずねようともせず)、それだけで言葉を知った気になっている子が散見。そこに教師がいるのなら、遠慮なくたずねればいいのに。そして、教師はもっと教えればいいのに。辞書引き付箋貼り崇拝も、ほどほどにすべきだ。
posted at 01:41:23

今度出す新刊は、そういった「ニュアンス」をも理解・定着させられる語彙本を目指している。辞書の上を行く本(まだ1ページも書いてないが)。
posted at 01:43:38

【11/12/07】
大手進学塾に通わせても一向に読解力が伸びない原因。作文教室に通わせても作文通信添削をやらせても一向に作文力が上がらない原因。それをひとことで言うなら、「長さ」である。読ませている文章が長すぎる。書かせている文章が長すぎる。力をつけたいなら、とにかくまず短く!それがスタートライン。
posted at 01:08:09

3000字を読ませるな、600字を読ませよ。600字を書かせるな、200字を書かせよ。200字を書かせる前に、まず2文を書かせよ。
posted at 01:20:10

200字作文を入口だと思っている小学校教師は皆間違っている。200字作文は入口ではない。出口だ。200字をまともに書ければ、小学校段階の目標は十分に達せられていると言っていい。いや、実際のところ中学も同じ。高校生とて大半は似たようなもの。
posted at 01:22:47

2文を書くことのできない子に200字書かせても無理無駄有害。200字書くことができない子に3000字読ませても無理無駄有害。ところがほとんどの大手進学塾や作文教室・通信添削教室は、それをやらせている。伸びないのも当然。
posted at 01:28:59

ちなみにtwitterは140字(以下)を強制される。2文で書く練習にはもってこいだよなあ。
posted at 01:39:37

中学入試国語の標準は、論説文が2000~3000字程度、物語文が3000~5000字程度。しかも、ほとんどの学校はそれを、論説文20分、物語文20分程度で解かせる(=読んで、かつ問いに答えさせる)。しかも設問文や選択肢を読むことも考えると読んでいる量はさらに多い。壁が高すぎるよ。
posted at 01:43:50

【内容的自由度の低い(型を与えた)2文構成問題を5つ】(15分)+【内容的自由度の高い200字の課題作文1つ】(15分)+【600字程(最長1200)の論説文による読解記述課題1つ(記述は150字程で1題)】(20分)。これが中学入試国語の1つの理想。これで十分、力の差を測れる。
posted at 02:01:37

今のの具体例は、おそらく新書(中公新書ラクレ)に載せます。5月発売予定。新書が売り出されたら、有名私立中学の国語科主任教諭にじゃんじゃん送りつけることにしよう。これを読め、そして目を覚ませ!と。
posted at 02:05:24

600~1200字程でまとまっている論説文なんて、見つからない――中学教師は、そう言うかもしれない。しかしそれは、はなっから考えがおかしい。なぜ、他人が書いた文章を読ませることが前提なのか。自分で書けばいいんだよ、自分で。題材文を。だって、自分の学校の生徒を選ぶテストなんだから。
posted at 02:11:04

1年1回の入試の題材文くらい、国語科教師が知恵を絞って自分たちで書けばいいんだよ。神奈川の栄光学園なんかはときどきそういうの出してるけどね。題材文だけ他人の書いたものを借りてきて、そこに奇妙な設問くっつけて出題するのって、こざかしいよねえ。本来。
posted at 02:14:59

これは宣伝じゃないが(たぶん)、私が出している問題集(大和出版の2冊)の題材文はすべて自作している。そうでなければ、理想を形にできないからね。ちなみに、明治図書の問題集も半数は自作(あとは教師の利便性を考えて教科書教材にしている)。
posted at 02:18:59

むろん、日々使う教科書を全部教師が作れ、と言っているのではない。多様な人が書いた多様な文章を読ませることも、そりゃ大事に決まっているから。1年1度の入試問題くらい自分で作ればいいのに、と言っている。
posted at 02:20:51

疲れたのでこんなもんでストップ。
posted at 02:21:12

【11/12/06】
今朝の朝日新聞に重要な記事を発見。「入試に小説 なぜ出ない?」(文化面)。ちょっとまとめておく。
posted at 13:37:40

朝日12/6より> 代ゼミによれば、国公立大の約1割が、この5年、入試に小説を出題しなくなった。私立では近年、出題率が3~5%。必ず小説を出題する大学以外で突然小説が出たら、それはニュースだ、と代ゼミ教材研究センター本部長氏。
posted at 13:39:56

朝日12/6より> 代ゼミの過去5年間の調査では、小説の出題は現代文100問中4問(早大)、69問中2問(上智大)、といった数字。学習院、明治、青山、立教、法政、中央でも、今年度の小説問題は法政で1問出ただけ。国公立でも5年連続出題は全体の18.9%にとどまる。
posted at 13:43:20

朝日12/6より> 背景として、選択式問題の作りにくさ(解釈の幅の広さ)に加え、「よく読める人ほど解けない」という現象についても言及(関西の私大教授の言葉として)。選択肢と自分の解釈との微妙な違いを感じて迷う生徒の存在を紹介。
posted at 13:49:10

朝日12/6より> 答えがまぎらわしくなりそうな時は合理的に解釈可能な部分だけを問う必要が出るが、それでは小説を出す意味がなくなる、という葛藤。/福嶋がいつも挙げる石原千秋氏の論も紹介。小説が減り始めた転機は1980年頃らしい。「多様な価値観が広がり解釈も1つではなくなった」。
posted at 13:53:22

朝日12/6より> 石原氏「(センター試験は)設問文を長くすることで、設問自体の読解力があれば解けるようになっている」(つまり本文の読解力が試されていない)。氏は、小説を扱うなら「文学」という授業を設け、自由に読ませればよいと指摘。それを試験で問うのなら自由な記述式にすべき、と。
posted at 13:56:48

ちなみに阿刀田高氏の論も紹介されているが、あまり説得力のない書かれ方になっていた。国語に小説は残すべき、曖昧さがあるのが文学、曖昧で計り得ない部分を探ることは大切、というところまでは分かるが、記述式なら「普通に良いものは採点可能」というのは不可解。記事の字数不足で省略されたか。
posted at 14:00:15

その点、石原千秋氏は一貫している。記述式答案に現れる自由な解釈を採点者の好みで選び、そこに、大学の求める個性というものを反映させればよい、という考え。
posted at 14:04:20

今回の記事は、私がいつも主張していること http://ow.ly/7PQ6P と一緒だ。まったく同感。
posted at 14:14:03

大学入試でこれほど小説が減っているにも関わらず、なぜ中学入試では相変わらず小説・物語が花盛りなのか。物語「しか」出さない中学もけっこうある。
posted at 14:24:16

それは結局、中学入試では、記述答案でも採点し得る範囲の受験者数にとどまること、「道徳力」とでも言うべきテストとしては物語のほうが都合が良いこと、…この2つが理由だろうな。
posted at 14:25:57

小説の記述式テストを作るのなら、たとえばこういう出題にすべき。「主人公のこの言動からは、2通りの相反する心情を読み取れます。それぞれの心情を端的に述べ、それらがどちらも妥当であると言える理由について、小説内の記述を引用しながら説明しなさい」。
posted at 14:36:43

以前にも書いたように http://ow.ly/7PQH5 、たとえ自由な解釈ができる小説といえども「解」はせいぜい2つ3つに絞り込まれる。だったら、その2つ3つをすべて書かせ、それを説明させればよい。そこまでするのなら、小説を入試に出してもよいだろう。
posted at 14:39:30

しかし結局のところ、そういった記述答案を書くために必要な力は、論理的思考力に収斂していく。では、その論理的思考力の高低を直接的に試すための読解問題としてふさわしいのは、小説か、評論か? 答えは、評論。ということになるわけだ。国語科における読解問題は論説文だけで十分!
posted at 14:44:26

小説・物語を解釈するためには、むろん、体験に基づく直観の力も必要だが、それを「教える」ということはほとんどできない。国語科教育にできることは、限られているのだ。
posted at 14:47:07

まだまだ書き足りないがそろそろ授業準備。
posted at 14:47:42

【11/11/29】
サピックステスト(11.23実施、5年)解いたなう。アニメみたいな文章だった(物語文)。やれやれふう。
posted at 02:45:08

まあ比較的良問が多かったように思う。ただ、問3の「外見」と「内面」の対比に気づかせる設問は記述にしたほうがよかっただろう。「外」と「内」の文字を埋めさせるだけの問題になっていて、もったいない。人物の対比的特徴を問うわけだから、重要度は高い。他の設問を減らしてもこれを記述にすべき。
posted at 02:51:49

問6は面白い。問い方も適切。問1もまあ設問化したいのは分かるが問い方が微妙。「ハルがこのように感じる『勝子』の様子が比喩を用いて表現されている一文」という部分の意味がとらえづらい。子どもの頭に「?」が飛び交うような問い方はやめてほしい。しかも抜き出し。子どもの時間をむやみに奪う。
posted at 02:56:26

それにしても思う。「80字以内で説明しなさい」という指示の設問であっても結局のところ答えの骨組みはせいぜい20字。それについては明確な採点基準を設けられる。だがあとの60字には基準を設けづらい。隠された基準、暗黙の「書き方(=型)」を知らないと得点できない。ここが大きな壁になる。
posted at 03:02:43

たとえば問4ならば、「AでありBでもあるので、C。また、DでありEでもあるので、F。」というきれいな型が模範解答になっている。CとFには心情(思い)が入る。で、設問は「どんな思いとどんな思い?」と問うている。つまり、CとFだけでも解答になっちゃう。なのにABDEを暗黙に要求。
posted at 03:07:36

要するに、心情を問われたら、その心情に至った経緯・原因を明示しないと得点は半減するというわけ。設問は「C(心情)」だけを問うているように見えても、「A・Bという事実が原因でCという心情になった」と答えないといけない。これが、物語文読解の暗黙のルール。
posted at 03:10:11

しかし思うに、「どんな心情?」と問われているのだから「こんな心情」とだけ答えるのが過不足のない答えだと考えるのが自然。なぜそこに、原因まで明示しなければならないのか。だったら、「原因も添えよ」という意味の指示が必要なんじゃないのか。
posted at 03:13:04

まったく、入試国語の暗黙のルールというのは不自然だ。まあ、不自然だからこそ暗黙なんだろうけどね。
posted at 03:14:04

しかも、そういった暗黙の型について、授業で明確に指導していないのではないかと疑いたくなることも多い。「暗黙」のルールを「明確」に伝授するのが塾の役目であろうに、それを教えないでどうする。どうやって得点すりゃあいいの。ちゃんと教えてるのかね? 大手塾の先生方は。
posted at 03:15:53

ちなみに、そういった暗黙のルールについては、私の著書にちゃんと書いてある。興味のある方はぜひ、「本当の国語力」が驚くほど伸びる本などを。
posted at 03:17:41

ところで。今度は学校の授業。物語文と言えば、学校でも「心情・気持ち」をこれでもかというくらいに問う。この「気持ちオンパレード」の授業が批判の的となってきた経緯はもはや過去のこと。問題にすべきは、「気持ちを問うことの是非」ではなく、「答えを用意するかしないかの是非」なのである。
posted at 03:22:54

進学塾も学校も、登場人物の心情を問う。ここまでは同じ。しかし、進学塾は心情の模範解答を用意する。一方の学校は模範解答を(ほとんど)用意しない。さて、これはどちらが良いのか?
posted at 03:25:34

言うまでもなく、心情の模範解答を用意する方が良い。学校の授業が散漫になり面白くないのは、なんでもかんでも許容し、「ああ、そんな答えもあっていいよね」「なるほどね。それも正しいかもしれないね」などとごまかすからだ。むしろ「答えはただ1つ!」と言われた方が子どもたちの意欲は増すのに。
posted at 03:29:39

答えが1つに絞り込めないような問いも、もちろんあってよい。しかし、突き詰めて考えればそれは2つか3つにまでは絞り込める。それを、多様性・個性尊重の名の下に、「いくつあってもいいんだよ、国語の答えは1つじゃないからね」などと語る教師はニセものだ。
posted at 03:35:09

そういう教師は自分で突き詰めて考えていないのだ。自分で「解」を出していない。もし答えが2つまでしか絞り込めないならば討論の授業を展開すればよい(それをできる時間的余裕があるのが学校)。それでも、討論の最後に「じゃあ先生はどっちなの?」と問われたとき解を持っていることが重要である。
posted at 03:38:48

解を持つというのは根拠を持つということ。2つまで絞り込み討論をした後で、「じゃあ先生はどっち」と問われた時、「どちらも正解」ということもあり得るとは思う。しかし、「Aはこういう根拠がありBはこういう根拠がある」と言えたとき初めて子どもは納得するのだということを忘れてはならない。
posted at 03:42:21

ここでまた進学塾に戻るわけだが。大手塾の解説解答を読んでいると、その「根拠の説明」がきわめて不親切、分かりづらい。選択式問題の場合などは特に顕著。Aが解答のとき、「BでもCでもDでもないから」式、あるいは「Aに決まってるでしょ」式の説明が目立つ。根拠になってない。親も子も「?」。
posted at 03:44:54

忙しい中、やっつけ仕事で解答を書いているのかなあ、それとも、紙面節約の都合なのかなあ、などとあれこれ想像しながら、模試の解答を読む。どうあれ、不十分であることは確実。一方で、大学入試予備校の模試の解説解答は、分厚過ぎる。無駄が多い。全部読む人、少ないんじゃないかな。
posted at 03:48:43

さて、まあ、こんなところだな。明日(今日)は少し早めに起きて、くらし安心クラシアンを待たなければならない。やれやれふぅ。
posted at 03:50:51

【11/11/15】
フリーランスライターや編集者の国語力を上げていくための本を作らなきゃだめだな、もう…。「取材記事作りの鉄則」「編集者の教科書」みたいな。やれやれ…。
posted at 13:47:00

私が過去に受けた取材記事の中で最も優れていると思ったのは、日経アソシエ副編集長氏が書いた記事( http://ow.ly/7tE5s の冒頭「カリスマ塾講師」云々の記事20P)。この方は、そもそも取材の段階から頭の使い方の違いを感じた。
posted at 13:51:05

取材の受け方の公式(仮):記事が400字なら20分話せば十分。800字なら40分。1200字なら60分。それ以上話すと、取材者側の頭がパンクし、記事に影響する。もちろん、パンクさせない優秀な取材者もいるが、きわめて少数。だから、あとは受ける側で調整するしかない。というわけだ。
posted at 14:05:34

他人から聞いた話を文章化するとき、その言葉が僅かでも曖昧であったのなら、「 」でくくって書いてはいけない。「 」でくくるというのは、一字一句違わない表現のときにだけ許される記号。
posted at 14:49:09

助詞1つ、読点1つで文意は180度変わる。すべてのライターはそこをもっと認識すべき。
posted at 14:49:35

言ってもいないことを「 」でくくって書かれたときにゃ、もう、笑うしかないわな。なぜそうなってしまうのか。それは、聞き手の主観が入るから。だから取材なりインタビューなりをする人は、とことん主観を排するつもりで聞かないと。下手に「考えの近い人」なんて思ってかかると、失敗するわけだ。
posted at 15:18:02

取材・インタビューの鉄則: 「相手は自分の敵であると思え」。共感的理解の逆をいくべし。「ああ、分かります、分かります。そういうことですよねー」と思ったときこそ危険だと思え。たいていの場合、ズレている。「念のためですが、それはこういうことではないですよね?」などと念押しし確認せよ。
posted at 15:21:27

あれは作為的な例だからまた別。問題は、作為的でないのに「 」がついてしまうこと。悪質でないからこそ悪質。読者がそれを見抜く気構えを持てないという点で。 RT @-----: @FukushimaKokugo 鉢呂さんの「放射能つけちゃうぞ」思い出してしまった。
posted at 15:33:27

【11/11/06】
このツイートを先入観持って読んでいる人から時々ツッコミがくるんですが。私は「建設的批判」を一切否定していません。いや「批判」自体否定していません。そんなの、当たり前ですよね。批判がなくなったら世の中は良くならない。
posted at 12:24:22

承前)私が主張しているのは、「非難や悪口」を言うことが「習慣づいている」としたら気をつけないとね、ということです。いるでしょ、わが子の友だちの○○くん○○ちゃんをいつも(わが子の前で)悪く言ったり、わが子の学校の先生の悪口を次々言ったりする親が。顕著なのは、そういう例なんです。
posted at 12:27:41

承前)いや、もちろん、悪いところを見つけることも大切。ただ、それが、誰かを自分より低位に置くことで自分を高めようとするだけの幼い動機からの行為なのか、あるいは、悪いところを見つけて改善していくための建設的動機からの行為なのか、そこが大事なわけです。
posted at 12:29:59

承前)ものごとの問題点を建設的な視点で指摘する人というのは、冷静です。だから、そういう親の言葉を聞いても、そういう親の表情を見ても、子どもは決して「悪い子」には育ちません。大丈夫。
posted at 12:32:25

私自身、批判をよく書いてますよ、ツイートにもHPにもメルマガにも、そして本にも。小学校教育をメッタ切りしたこれ http://ow.ly/7khuN など、ぜひ読んでみてください。…ただしそのほとんどにおいて、建設的代案を示しています。そこが、ただの「悪口」との違いです。
posted at 12:35:00

あ、ただ、いわゆる「代案厨」も私はあんまり好きじゃないですけどね。すべてのものごとについて最初から代案を持っている人なんて、いませんから。ただ、代案はまだないけれど代案を考えようとしながら批判している人と、代案を考えるつもりは毛頭無く批判している人とは、区別が簡単ですね。
posted at 12:41:44

【11/10/29】

現在の国語教育の場において国語という科目を真に楽しめている児童生徒というのは、せいぜい5%程度だろうな。そんなことはない、という子は、単に「得意(=読解問題の点数がいい)」というだけ、あるいは、「国語の先生が好きだからそんな気がしている」というだけだろう。
posted at 01:38:10

「国語の勉強が真に楽しいとき」というのは、本来、「言葉によって意思疎通を為し得た実感が生まれたとき」、あるいは、「言葉によって新しい概念を獲得し世界が広がった実感を得たとき」のことを指す。
posted at 01:43:44

それは決して、「国語の成績が上がったとき」ではない。
posted at 01:48:29

「国語の成績が上がること」が、先に挙げた「国語の真の楽しみ」と一致するような授業、そしてテストを、教師は創っていかなければならない。
posted at 01:51:16

「国語って楽しい!」と実感しさえすれば、児童生徒は、黙っていても自分から文章を読み、また、書くようになるはずだ。
posted at 02:01:30

誰しもが死ぬ瞬間まで必要とし続ける「国語」(ことば)というものに対する苦手意識を10代前後の若い時期から植え付ける役目しか果たしていない現在の国語教育は、断固として変えていかなければならない。
posted at 02:08:18

入塾申し込みメールに書かれた保護者たちの苦悩の言葉に触れるたびに、そういった思いを新たにするのであった。
posted at 02:10:24

津田さんが政治メディアを創るというのなら、私は教育メディアを創ろうじゃないか、などと一瞬思った。過去形。
posted at 02:12:08

ちなみに、今日(正確には昨日)の授業では、私が「もう支度して帰っていいよ」と言っているのに、「もう1つ! もう1つだけ作文書かせてください」と言って机から離れない子がいた。これが、「楽しい」という状態だ。
posted at 02:17:29

今書いたのは小3の子。またある子(小6)は、「類似した2語の共通点と相違点を図にしなさい。言葉は自分で考えなさい」という程度の指示だけをもとに、「察知と感知の共通点と相違点」を図示し、それを文章化していた(300字)。圧倒された。これもまた、「楽しんでいる」状態だろう。
posted at 02:19:30

またも突然のPCシャットダウン。やばいな…。今復旧。
posted at 02:37:42

さっきシャットダウンするときに何か書いてたんだが。忘れた。疲れたし、こんなもんにしとこう。
posted at 02:45:19

【11/10/23】

国語力とは、自分を離れる力である。自分のこれまでの体験の範囲や思考の枠組みを離れ、他者の体験と思考に沿うことができる力。他者の言葉や文章に巡り逢ったとき、あくまでもその言葉や文章に沿い、自分を忘れることのできる力。それが国語力である。
posted at 02:47:49

国語力とは、自分に戻る力である。自分を離れ、他者の思考にとことん沿ってみたその後、再び自分に戻ってくる。そしてそこに、かつてない新しい自分を構築する能力。それが、国語力である。
posted at 02:52:57

国語の教科書に掲載されている「課題」を見ると、自分を離れるどころか、自分に沿った読みを求めるものが目立つ。「筆者の考えに賛成できるところ、できないところはどんなところか。それぞれ挙げてみよう」など。しかし、賛成云々は後でいい。まずは、筆者の言葉にとことん沿わなければ。
posted at 02:59:03

子どもに短作文を書かせると、2通りの内容が生まれる。1つは、「自分に沿った」作文。もう1つは「自分を離れた」作文。前者の内容は日常にとどまり、具体例もきわめて卑近、結論は常識の範囲にとどまる。一方後者は日常を飛び出す。相対化された「常識」へのクールな視線が感じられる結論となる。
posted at 03:05:30

作文の書き出しを「ぼくは・わたしは」にしてしまうのは、自己を離れられていない証拠。小学1~2年生ならまだしも、3年生以降ともなれば、徐々に自分を離れた書き方ができるようになってほしい。
posted at 03:09:06

つい先日、ある5年生がこういう文を書いた。「人に親切にするということは、その人のためになるというよりも、むしろ、その人の成長の機会を奪うことになる」。「○○は、AというよりもむしろB」といった型だけを与え、あとは自由に書かせた短作文。この子は、着実に自分を離れ始めている。
posted at 03:12:45

その作文がたとえ何かの「パクリ」でも、原典に触れたときに強い印象を得て記憶していたわけであり、それだけでも視点がクールである。そしてそれを再構成して文章化したということには、十分な価値がある。
posted at 03:15:44

一方で、「○○はAよりもむしろB」という型を与えられても、「書くときはシャーペンよりもむしろ鉛筆がいい」といった日常的な文にとどまる子も多い(それがほとんど)。いや、これでも「むしろ」の使い方としては十分合格なんだが。でもやはり、日常を「離れる」方向へ導いてあげるようにしたい。
posted at 03:21:03

あ、ちなみに。新刊(スペシャリスト直伝!国語科授業成功の極意 http://ow.ly/75IqA )の中で、「沿う読み方」と「離れる読み方」について書いたが、これは「文章に沿う読み」と「文章を離れる読み」という意味で書いたため、一見逆に思える(が同じ)。念のため補足。
posted at 03:53:15


【11/10/13】

読解問題を解いていて「楽しい」と思ったこと、ほとんどない。いわんや子どもをや。ただ、少しでも多くの子に「楽しい」と思わせるためにかなり有効な方法が1つだけある。それは、「制限時間」を3~4倍にすることだ。「読み解けた!」という深い実感を与えるには、それだけの時間が不可欠なのだ。
posted at 14:03:22

小学校では、「読み」単元の1つの文章を10時間(450分)前後もかけて扱う。その中で、音読や黙読を何度も繰り返し、徐々に徐々に読みを深めていく。一方、入試読解では、その2~3倍もの長さの文章を、僅か20分で読み解かせようとする。文章を通読するチャンスは1回きり。このあまりの落差。
posted at 14:11:00

今SAPIXのテストをチェックしていて改めて思ったのだが、ほとんどの子は「傍線部」と「設問」を中心にしか読んでいないに違いない。つまり、筆者・作者(の言葉)とは向き合わず、出題者(の言葉)としか向き合わない。出題者との問答が終われば、その文章ともお別れ。入試読解の罪、かく深し。
posted at 14:21:34

入試読解は、速読賛美思想の刷り込みにほかならない。小学生のうちから速読させて何になる?
posted at 14:24:46

しかし、中学受験という世界にどっぷり浸かった親たちは、速読賛美思想の刷り込みである入試読解を、否定しないどころか肯定し、それができないわが子を責め続け、しまいには自分をも責め続ける。悲劇だ。
posted at 14:26:40

かくいうお前もそういう受験ワールドに親子を送り込んでいる「塾」業界の一員だろ、とお思いの節があるかもしれないが、それは違う。私の本をよく読めば、そういう意図は毛頭ないことがよく分かるはず。そこを勘違いして入塾してきた親は私の塾をやめていくし、それでよいと思っている。
posted at 14:29:24

それでもある程度の諦観のもとにまずは読解問題に正対し、その「山」を乗り越えてこそ、「本当の国語力」を世に問う資格があると思っている。「山」を回避して向こう側へ行き、「国語は作文だけでいいんだよ」などとへらへら言っている国語指導者は、ニセもの。
posted at 14:33:18

ということで、また読解問題やる。
posted at 14:39:12

テクスト論で考えれば、筆者・作者と純粋に向き合うということ自体不可能なのであって、出題者との問答に終始するのは当然のこと。しかし、あたかもそれが絶対の解釈であるかのような姿勢で受験生に覆い被さってくるのが入試読解の罪深いところ。
posted at 15:34:54

「絶対の解釈」の顔をするのであれば、もっとまともな問題と解答、そして解説を用意すべき。子どもを、親を、教師を納得させるだけのものを。SAPIXでも日能研でも、「なるほど!」と膝を打ちたくなるような解説に出会ったこと、ほとんどないからな。
posted at 15:37:57

解説で一番不愉快なのは、「この選択肢の内容は文中に書かれていない。だから違う」という、根拠ならざる根拠。「ない」の一言を根拠にするのは強引。せめて、「この言葉を元にするとたしかに『ある』ように感じられるが、それ以上のことは書かれていないから『ない』と言ってよい」くらいにしてくれ。
posted at 15:42:41

そんな不親切な解説しかない以上、親たちが「私には国語を教えられません」とあきらめたくなるのも分かるというものだ。
posted at 15:45:02

まあSAPIXの肩を持つことも少し書いておくとすると…。小5マンスリー10月論説文の問六では、「(この言葉は)どのようなものとしてとらえるべきですか」と問うている。この「べき」に笑った。意図的かどうかはさておき「出題者の解釈に従え!」という姿勢が分かりやすい点が評価できる(笑)。
posted at 15:48:29

この「べき」は、筆者の考えは違うかもしれないけどね、という弱気の表明でもある。
posted at 15:50:00

ただ、他の問いでは、相変わらず「筆者はどのようなことを指摘しようとしているのですか」などと書かれており、「解釈者(出題者)=筆者」という姿勢になってしまっている。謙虚さが足りないな。
posted at 15:51:12

それはそうと、同じ問題の問五はひどい。設問文が最悪だ。「このような疑問を持つ人はどうすることが当たり前だと考えていますか」という問い…、「考えている」の主語と「する」の主語が実は食い違っており、しかも「考えている」の主語は「人」にも「筆者」にもなり得る。メチャクチャだ。
posted at 15:57:39

手元に問題用紙がないと意味不明になる点はご容赦ください。まあ、twitterですから。
posted at 15:58:15

とにかく、設問の中に主語が3つも想定されるのに、その主語が1つも書かれていない。そんな設問の解答形式は「抜き出し」だからまた悪質。これ、解けたとしてもその子の国語力はなんら保証できないね。むしろ「解答無し」と書いた子がいたらその子こそ正解。まあそんなこと書く子はいないだろうけど。
posted at 15:59:56

ここまで具体的に書くのは、抽象的な批判は誰にでもできるから。です。念のため。
posted at 16:01:57

やーーーっと終わったよSAPIX小5マンスリー10月論説文読解の「解読」が。2時間かかったよ。2時間。まあ指導のための準備だから綿密にやっているというのもあるが、これを20分で「解読」させようとする大人はみんな悪魔だよなこれ。
posted at 16:21:15

原稿書く暇がなかった! 嗚呼。
posted at 16:21:56

そして授業へ。
posted at 16:22:05

念のため書いておきますが、これをご覧の入塾希望者(保護者)の皆さんへ…。持ち込み教材(他塾のテスト等)をこのように綿密に指導するのは必要と判断したときだけです。毎回、持ち込み教材を喜んで引き受けているわけではありません。はい。
posted at 16:26:20

これをご覧のSAPIX社長殿。一度、解いてみてください、問題を。抜本的改革の必要性を感じるでしょうから(ご覧なわけないか)。
posted at 16:27:31

これをご覧の私立中高の先生方(これはあり得る)。貴校だけでも、くだらない長文読解を出すのをやめ、もっとシンプルで骨太な問題を作り、時代の先駆けになりませんか。できることがあればお手伝いしますよ。
posted at 16:29:16

これをご覧のセンター試験国語作問担当者殿、ちまちました読解問題を出すのをやめて、国語教育界に革命を起こしませんか。あなたの一歩が、日本を変えます。
posted at 16:31:13

頭がふにゃけてきた。ひねくれた読解問題と2時間格闘しそのまま2時間の授業。
posted at 19:04:20

授業終了なう。サピの悪問と格闘した2時間が尾を引いて、今日はどうにも頭が疲れ気味であった。
posted at 21:17:55


【11/10/12】
まあ、何もやらないよりは良いのでは。たしかに写すだけでは足りないですが。RT @a-----: @ 家庭教師してます。学校の国語の先生が宿題として「現代文の単語集(仮)」をノートに毎週見開き1ページを丸写しさせてることを知りました。単語とその意味を写してるだけじゃ意味無いのに
posted at 21:27:11

いわゆる写経式学習(丸写し)、流行ってるけど。写させるにも手順・方法というものがある。この本 http://ow.ly/6UTut ではそのあたりについても、ある程度詳しく述べている。
posted at 21:32:48

必ずしもそうでもないのでは。漠然とした指示よりは、「写せ」の方がまだ分かりやすい。RT @a----- ただの丸写しだと、学習について嫌なイメージ、つまんないという感情が湧くと思います。かと言って、僕も解決策をもってるわけでもないので … RT @FukushimaKokugo
posted at 22:25:50

あるとも言えるし、ないとも言える。状況によりますね。RT @s------: @FukushimaKokugo 高校2年です。私の先生は、文学作品原稿用紙3枚以上模写させます。時間がかかるので、迷惑です。その時間見合うだけの価値はありますか?
posted at 22:27:11

あれこれと「考え方」や「解き方」を教えても、どうしても伸びない子というのは現実にいる。そういう子にとっては、「考えや解答を自分なりにまとめる」などという作業は最大の苦痛(作文でも読解でも)。それよりは、「全文写す」方がよっぽどいい。中高生でも然り。
posted at 22:31:32

承前)そういう子は、喜んで写しますよ。写すことで初めて気づくこともある。ああ、ここにこんなこと書いてあったのか、などと。
posted at 22:33:23

承前)ただし、能力が標準以上の子にとっては、書き写すよりもやるべきことがいろいろある。だから、「文章や用語集の大量視写を全員共通の宿題にする」というやり方は間違っている。
posted at 22:36:22

そもそも宿題を出すこと自体が間違っている。教師は授業で勝負するもの。指導を家庭に任せてはいけない。
posted at 22:45:20

私は4月始めにいつもこう言っていた。「宿題はほとんど出しません。でもその代わり、授業中にすべてを学び取ってもらいます。みなさんも、授業ですべてを学ぶつもりで、毎回真剣に取り組みなさい」と。
posted at 22:47:26

もちろん、今も(国語塾でも)、一切の宿題を出していない。
posted at 22:51:02

復習の宿題を課さなくても頭に刻まれるような授業をすることが先決。RT @sp-----: @FukushimaKokugo はじめまして。いつも興味深くツイートをみております。私は復習の意味合いの強い宿題ならいいと思うのですが…。予習的な宿題は否定されるべきですが…。
posted at 22:55:53

その考えが甘い。教師を目指しているというあなたが今からそんな甘い考えでは未来の生徒が可哀想。RT @sp----- @FukushimaKokugo それが出来れば理想です。でも現実にはどんなに授業が上手な人も毎回頭に刻まれるような授業は出来ないと思いますし…。 …
posted at 23:04:40

その目的ならば年齢により許容範囲です。でもあなたはさっき「復習のための宿題」と言ってましたよね。RT @sp-----: @FukushimaKokugo …学習習慣をつけるという意味で宿題は肯定されることもあると個人的には考えていますがプロのご意見的にはいかがでしょう?
posted at 23:06:00

小学校1~4年生くらいまでを対象に、1日20分で済む程度の内容を、「学習習慣をつける」目的で課すことは、あってもいい。ここ http://ow.ly/6V0Fs にもそう書いた。しかしまあ、結局はそれとて、余計なお世話という感じがする。
posted at 23:08:19

そういうこと。RT @k-----: 実はアタシもそう思っていたんた。教育のプロな訳じゃん、教師は。RT @FukushimaKokugo: そもそも宿題を出すこと自体が間違っている。教師は授業で勝負するもの。指導を家庭に任せてはいけない。
posted at 23:09:01

これから教師になろうとする若者が、「家庭に任せず教室でこそ学力を身につけさせる」という当然の責務を「それは理想」なんて言ってたら、終わりだな。
posted at 23:15:45

そして、そういう甘い考えが、「地域と学校と家庭の連携のもとに教育を」などというあやふやな発想を生んでいく。
posted at 23:17:19

宿題に頼る教師は、昨夜も書いた「教科書『で』教える」と言い張るタイプの教師に多い。教科書「を」教えることをまずしないから、授業が乱れ、時間が足りなくなり、結局宿題にせざるを得なくなる。宿題の量は、教師の授業の力量に反比例する。
posted at 23:19:29

芦田先生のおかげで、それに確信をもてるようになりました。RT @jai_an: 地域と連携していい事など一つもない。 RT @FukushimaKokugo: そして、そういう甘い考えが、「地域と学校と家庭の連携のもとに教育を」などというあやふやな発想を生んでいく。
posted at 23:25:21

御意。RT @ka-----: そやな。そんな教師ならば、残念だ。プロとは言えない。自分の子どもは任せられないな。RT @ これから教師になろうとする若者が、「家庭に任せず教室でこそ学力を身につけさせる」という当然の責務を「それは理想」なんて言ってたら、終わりだな。
posted at 23:27:30



【11/10/06】
痛く共感!RT @itokenstein: @FukushimaKokugo 僕は軽い本を出していてこの所毎年2,3件「入試問題に使った」という事後報告の手紙を貰います。で同封されている問題と解答、まず大概、僕が考えたのと違うことが模範解答になってるんですがこういうの何とかならんもんでしょうか^^;
posted at 02:58:07

やっぱり。RT @itokenstein @----- @FukushimaKokugo とくに択一問題になってるのは悲惨ですね。「筆者はどんな気持ちだったか」とかいって12345とかあるんですが、ピッタリ来るものなんか一つもない! 文字面の表面を撫でて正解とするパタンが現国「模範解答」への疑問です
posted at 02:59:30

国語の試験というのは、筆者と受験生の対話ではなく、出題者と受験生との対話なのです…。筆者の方から直接このようなメッセージをいただいたことはなかったのですが、「やはり」という思いを強くしています。 @itokenstein
posted at 03:03:13

テストの端にでも明記してほしいですよね。「お断り:このテストで問うているのはあくまでも『出題者の解釈』であり、『筆者の主張そのもの』と一致している保証はありません」とか。 @itokenstein
posted at 03:12:51

ほんと、書いておくべきだよな。筆者・作者への最低限の礼儀として。「お断り:このテストで問うているのはあくまでも『出題者の解釈』であり、『筆者の主張そのもの』『作者のメッセージそのもの』と一致している保証はどこにもありません」と。センター試験なんて、特に。
posted at 03:17:07

採点者の時間の経済。まさに同意です。RT @itokenstein: @FukushimaKokugo 僕も実は問題の出題とか採点に関わったことがない訳ではないのですが、択一問題って結局は採点者の時間の経済だと思います。機械で採点できるとか http://ow.ly/6OuGX
posted at 03:23:03

センター試験に関する福嶋の連続ツイート http://ow.ly/6OuQc / http://ow.ly/6OuSh / http://ow.ly/6OuUs / http://ow.ly/6OuVt &トゥギャられ http://ow.ly/6OuZb
posted at 03:27:26

試験で問われるのは「出題者の解釈」であって「筆者作者のメッセージそのもの」ではない、というのはまあ常識なのだが。それならば、「筆者の主張を選べ」みたいな偉そうな書き方はやめてもらいたいもんだな。「出題者である私が最もふさわしいと思っている答えを当ててご覧。フッ…」とか書いてくれ。
posted at 03:52:46

まあそれも偉そうっちゃ偉そうだが。…さて寝る。Bye…
posted at 03:56:11