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         》》》 小学校教育が危ない! 《《《

      No.34  2006/11/22  著者:福嶋隆史

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     No.34 若い教師が陥りやすい、5つの落とし穴

    ~ 子どもに信頼される教師になるための5つのポイント ~

               (前 編)

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 ~目 次~
・はじめに
・【1:子どもと「友だち」になってしまう】
・【2:「騒がしい子」ばかりに気を取られてしまう】
・【3:「忘れ物」に厳しくしすぎてしまう】
・【4:「泣いている子」が正しいと思ってしまう】(後 編)
・【5:個人の問題を、「連帯責任」にしてしまう】(後 編)
  (後編は、金曜に発行する臨刊に掲載予定)
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・はじめに

 子どもに信頼されるために最も重要なこと。
 それは、「授業力」である。
 子どもたちが知的に興奮し、時間を忘れて熱中するような授業を行う力だ。

 ただし今回はそこから少し離れて、「子どもとの人間関係作り」に焦点を当
ててみた。
(授業力向上のための方法については、これまで折に触れて詳しく書いてきた
 し、今後も書いていくつもりだ)

 なお、タイトルに「若い教師」と書いたが、これから書くことはすべて、
「若くない教師」にも共通して言えることだ。
 まあ、どちらかといえば「若い教師」によく見られる傾向だ、というだけの
話である。

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【1:子どもと「友だち」になってしまう】

 子どもと「友だち」になってしまう教師がいる。
 世代が近いこともあってか、若い教師にはどうしてもその傾向が強い。

 その最たる例は、授業中、子どもをあだ名で呼ぶ教師だ。
 あだ名とまではいかなくても、「ちえちゃん」などと“ちゃんづけ”で呼ん
でいる教師も同じ。
 親近感をこめているのだろうが、それは授業中にすべきことではない。

 授業中は、苗字に「さん」づけが基本である。
 1年生でも、だ。
 授業とは「公的な場」である。
 教師はそのことを、「呼称」を通して子どもたちに教えなければならない。

 子ども同士で呼び合う場合も同様だ。
 たとえば、討論や学級会での発言で、あだ名や呼び捨てがあったときは、即
座に言い直させる。
「授業中は、“○○さん”と呼びなさい。
 はい、もう一度呼んでごらん」
 これを当然のこととして、淡々と繰り返していく。

 ただし、休み時間にはこのルールを少し崩してもよい。
 私も、ときにはわざとあだ名で呼んだり、“ちゃんづけ”で呼んだりしなが
ら、休み時間を過ごした。
 そうすることで子どもたちは、「休み時間」と「公的な授業時間」をより一
層、別のものとして意識するようになる。

 とはいえ、教師「を」あだ名で呼ばせることは、休み時間といえども、許さ
ない方がよい。
 子どもが教師を呼ぶときは、あくまでも「○○先生」と呼ばせなければなら
ない。

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 担任している子どもとメールのやりとりをしている教師もいる。
 子どもと頻繁に携帯でメールのやりとりをしているような教師は、どうし
たってその関係が「友だち感覚」になっていく。
 それに、他の子が不信感を抱くはずだ。
 ひいきしているんじゃないか、と。

 まあ、その学校を異動してから、以前の教え子と時々メールをやりとりする
くらいなら分かるが……
 とにかく、子どもとのメールは、やらないほうがよい。

**********

 このように子どもと「友だち」の関係になると、どうなってしまうのか。
 言わずもがな。
 子どもが教師の言うことを聞かなくなり、教師に歯向かうようになるのだ。
 「友だち風の先生」に指示・命令されたら歯向かうのも当然だ。

 いや、友だち風の先生はもともと、「子どもに指示・命令なんてしたくな
い」と思っているかもしれない。
 しかし、教師は学級の統率者である。
 望まずとも、子どもたちに様々な指示や命令を下す必要が当然出てくる。
 だからこそ、「友だち」であってはいけないのである。

 もし、クラス全員と「友だち」になれるのなら、それでもいいのかもしれな
い。
 しかし、現実は、そうはいかない。
 教師とて人間。
 うまが合う子、合わない子がいる。
 つまり、一部の子だけと親密になってしまうことになる。

 授業中、一部の子だけをあだ名や“ちゃんづけ”で呼び、他の子を「さん」
づけにするのであれば、これはもう、立派な差別である。
 そういう教師は子どもの信頼を徐々に失い、学級は崩壊していくだろう。

━━━━子どもに信頼される教師になるためのポイント【1】━━━━━
  授業中に子どもを呼ぶときは、苗字に「さん」づけを基本とせよ。
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【2:「騒がしい子」ばかりに気を取られてしまう】

 騒がしい子。駆け回る子。いつもふざけている子。
 そういうヤンチャな子たちは、どこのクラスにもいる。

 一方で、まじめな子、静かな子、しっかりした子も、必ずいる。

 若い教師は、ヤンチャくんたちばかりに気を取られ、まじめな子を放ってお
くことが多い。
 授業開始の場面が一番分かりやすい。

 チャイムが鳴る。
 しかし、まだ騒いでいる子がいる。
 いつもの、A男とB太とC子だ。
「A男さん! 早く座りなさい!
 B太さん! なにしてるの。今はそんなことしてる時間じゃないでしょ。
 C子さん! 今A男さんから取り上げたそのオモチャ、こっちに持ってきな
 さい!」

 2~3分があっという間に過ぎる。
 こんなことをしている間にも、他の大勢のまじめな子たちは、教科書を準備
して、授業開始を待っている。
 でも、授業は始まらない。
 まじめな子たちの学習権が奪われていく。
 でも、まじめな子たちは何も文句を言わない。
 だから、教師は気づかない。

 文句こそ言わないが、まじめな子たちの心からは、教師への信頼感が少しず
つ(だが確実に)消えていく。
 そのことにも、教師は当然気づいていない。

 やっと3人が座ったと思ったら、眉間にシワを寄せた教師が、お説教を始め
る。
「また、あなたたちでしたね。何度言ったら分かるの? だいたいね、……」

 こうして、10分なんて平気で過ぎてしまう。
 しかしお説教なんて、するだけ無駄である。
 彼らは、お説教で変わるような子たちではない。
(もしそうなら、とっくに変わっている)

 かくして、ヤンチャくんたちのせいで、授業時間が10分無駄になる。
 しかし、正確に言えば、これは「ヤンチャくんたちのせい」ではない。
 ヤンチャくんたちにかまってばかりいた、「教師のせい」である。

 私なら、よほどのことがない限り、チャイムと同時に授業を始めてしまう。
 そしてまず、まじめに準備している子たちを次々とほめる。
 ヤンチャくんを気にかけるのは、そのあとだ。

 それに、お説教なんかしなくたって、子どもの心をつかむ楽しい授業ならヤ
ンチャくんたちもすぐに授業に参加するようになる。
 そのときの彼らの集中力は、驚くほどだ。

**********

 もしあなたが教師なら、次のようなことを一度試してみるといい。
 授業が終わった3時過ぎ、教室で、その日1日の出来事を書いてみるのだ。
 毎時間の、1人1人の子どもの様子について、思い出してみる。
 その子は、その時間、どんな発言をしたか。どんな行動をしたか。
 その子は、学習をちゃんと身につけられたのか。られなかったのか。
 クラス名簿に、1人1行ずつでいいから、書いてみる。

 すると、まじめで静かな子ほど、頭に浮かんでこない。
 あれ?……なんで、覚えてないんだろう?
 あの子は、あのとき、何をしていたんだろう?
 そればかりか、あの子が今日どんな服装だったかも、思いだせない!
 あまりにも覚えていないので、驚くはずだ。

 要するに、まじめな子たちを見ていなかったのだ。
 文字通り、「見・て・い・な・か・っ・た」のである。

**********

 そういえば以前、クラスの子が顔面に怪我をしていたのに、そのことに1日
中気づかなかった教師がいた。
 その日の朝、Dさんは顔に絆創膏を貼ってきていた。
 下校までずっと貼っていた。
 下校後、その子の担任は、同じ学年の他の教師から「○○さんの顔、どうし
たの」とたずねられ、「えっ? 何のこと?」と逆に質問した。
 1日中、その子の顔をちゃんと見ていなかったのである。
 担任ともあろうものが。

 悲しむべき事実だ。

━━━━子どもに信頼される教師になるためのポイント【2】━━━━━
   真っ先にまじめな子たちに目を配り、まずその態度をほめよ。
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【3:「忘れ物」に厳しくしすぎてしまう】

 忘れ物をすると、やたらと厳しく叱る教師がいる。
 怒鳴ったり、お説教したり、立たせたり……。
 これを毎日・毎朝やるのだから、教師にもかなりの気力がいる。
 教師のストレスは増える一方だが、忘れ物は一向に減らない。

 私は、いちいち叱ったりはしなかった。
 教室に、鉛筆、赤鉛筆、定規、消しゴム、書写セット、絵の具セット、うわ
ばき、……要するに、ありとあらゆるモノの「予備」を用意しておいた。
 忘れるたびに、それらを貸し出した。
 毎時間でも、毎日でも。

「忘れたら借りればいい」という安易な習慣ができてしまうのではないか、と
危惧する方もいらっしゃるだろう。
 確かに、それは一理ある。
 だから私は、忘れ物を少しでもなくすように、あらゆる方法をとった。

(1)机やロッカーの中を、一緒に整理してあげた。(整理とはどうすること
   なのかが分かっていないから、家でも整理できず、忘れ物や無くし物を
   してしまうのだ)
(2)連絡帳に持ち物をすべて書いたかどうか、そしてその連絡帳をちゃんと
   ランドセルに入れたかどうか、下校時に必ずチェックした。
(3)重要な提出物が親に届いたかをチェックするカードを作り、親のサイン
   を持ってこさせた。
(4)親に電話連絡し、明日の持ち物を再確認し一緒に準備してもらえるよう
   依頼した。

 これだけのことをしても、忘れる子は忘れる。
 要するに、忘れ物が異常に多い子は、生活習慣が根本から乱れているのであ
る。
 あるいは、軽度発達障害に伴う問題もあるだろう。
 つまり、叱ることで解決する問題ではないわけだ。

 そのような子は、学力も低いことが多い。

 だったら、優先順位を変えなければならない。
  ・まず、忘れ物を減らすこと
  ・次に、勉強をがんばること
 ではない。

  ・まず、勉強をがんばること
  ・次に、忘れ物を減らすこと
 である。

 赤鉛筆を忘れた子に、貸し出し用の赤鉛筆をさっと貸して、すぐ勉強に戻っ
てもらう方が、重要なのである。
 赤鉛筆を忘れたことにいつまでもこだわって、お説教し、その子の学習意欲
を奪い、さらには学習時間を奪う、ということがあってはならない。

**********

 それに、だ。
 教師であるあなただって、忘れ物くらいするではないか。
 頻度の差こそあれど、教科書を職員室に忘れたとか、家にノートを忘れたと
か、たくさんあるはずだ。
 子どもばかりを責めるのは、やめたほうがいい。
「まあ、先生も忘れることがあるからね」
などと言いながら、おおらかにいこう。

**********

 ひとつつけ加えておく。
 忘れ物をした子に対して、「隣の子に借りなさい」とか、「隣の子に教科書
を見せてもらいなさい」などという指示をいつも出している教師がいるが、こ
れも危ない。
 こういうのは、いじめや差別の原因になる。
 なぜだかお分かりだろうか。

「いつも忘れ物をしているAくんが隣の席になると、いつも自分の物を貸して
 あげなくてはいけない。だから、Aくんの隣は絶対にイヤだ」
 そういう感情が湧くようになる。
 そこにきて、席替えでAくんの隣になってしまったりしたら、その感情がさ
らに増幅される。
 Aくんへのいじめの芽が、生まれることになる。

━━━━子どもに信頼される教師になるためのポイント【3】━━━━━
  忘れ物にいちいちお説教せず、教師が用意した予備を貸し出せ。
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【4:「泣いている子」が正しいと思ってしまう】
【5:個人の問題を、「連帯責任」にしてしまう】

 上記4,5については、今週の金曜日に臨刊を出す予定である。
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注:
 「まじめな子」という表現がひっかかった方もいらっしゃるかもしれない。
 これはあくまでも、主張を分かりやすくするための便宜的表現である。
 軽度発達障害の子が常に「不まじめ」であるということではない。
 そのような子たちは、まじめにしたいけど、障害のために、できないのだ。
これは、医療との連携によって解決していかなければならない問題だ。
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