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         》》》 小学校教育が危ない! 《《《

          No.70  2007/10/4

     著者:福嶋隆史 [ふくしま国語塾 主宰 (元小学校教師)]

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  No.70 発行終了間近……これまであまり触れてこなかった種々のこと

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 67号で予告したとおり、このメルマガは今月で発行を終了する。

 今回は、これまであまり触れてこなかった内容、あるいは、再度書いておき
たい内容について、要点だけを、思いつくままに書き綴っておきたいと思う。

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◆ 児童虐待に関する学校内の体制が甘い! ◆

 身辺で「児童虐待」あるいは「虐待と思われる内容」を認知したら、市民、
とりわけ教員等の職業に就いている者は、関係機関にすぐ通知する「義務」が
ある。
 これは、04年に改正された児童虐待防止法によって定められている。

 しかし、この法改正に対する体制強化が為されていない学校が多い。
 多くは、校長の判断が甘いのだ。

 詳しいことをここに書くわけにはいかないが、法改正が現場に染みわたって
いないというのは、憂慮すべき事態である。

 今般、さらなる法改正がなされ、発見から48時間以内に対処するなどの内
容が定められた。しかし結局、発見されずに埋もれてしまっては、どうしよう
もないのである。最も発見しやすい立場にいるのは、まぎれもなく、保育・教
育に従事する者たちなのだ。その責務は重い。


参考: 児童虐待防止対策の強化について(厚生労働省HP)
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2007/01/h0123-2.html

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◆ 教員免許更新制は、無意味だ! ◆

 こちらも法改正。09年度から実施されるという、免許更新制。

 しかし、はっきり言うが、まったく意味のない制度だ。

 この制度は、教師としての資質が「最低」の組の中の「最最低」の教師だけ
を排除するために有効であるにすぎない。
 「最低」組の中には、「最最低」以外にもひどい教師がたくさん居る。
 「低」の中にも、あまた居る。
 「中」の中にも当然居る。

 要するに、「排除プログラム」では教育は変わらないのだ。

 必要なのは、教師たちがきわめて具体的な「教育技術」を身につけるために
有効な、具体的方策だ。

 教育技術の具体例も、その具体的方策も、これまで発行した70号の中に、
いやというほど書いてきた。ぜひ、再度チェックしていただきたい。

 ちなみに、私は小学校教師を06年4月に辞めたが、いまだに教員免許は所
持しており、有効である。
 しかし、09年度から更新制が実施されると、そのうち講習の必要が出てく
るのだろう。

 だが当然、私はそんなものを受けるつもりはない。
 どうせ、大学の講義よりもつまらない馬鹿げた講習に決まっている。

 それに、私はすでに「実力」で生きる道を選び、力強く歩み始めている。
 いまさら、免許なんて要らない。
 無免許の名医ブラックジャックじゃないけれど、今の世の中、実力があれば
いくらでも道を切り開いていける社会なのである。
(逆に、免許を更新できた教師に実力がある、という保証は、どこにもない)


参考: 教員免許更新制における更新講習について(文部科学省HP)
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/koushin/index.htm

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◆ 受難の6年生…… 6年生はお世話係ではない! ◆

 法律の話から、いきなり卑近な話になるが、これもあまり触れてこなかった
ことなので、ひとこと書いておく。

 6年生は、小学校の中では最も高度な学習に取り組む学年である。
 できる限り、授業に集中させてあげたい。

 しかし、「最高学年だから」ということで、これでもかというくらいに、リ
ーダーシップを要求される。
 おもに4〜6年生によって構成されるクラブ活動や委員会活動の中のリーダ
ーなら、まだわかる。
 だが、目立つのは、1年生のお世話役である。

 いや、もちろん、ある程度まではいい。
 入学式などの単発行事で、6年が1年の手を引いて歩くのは微笑ましい。
 しかし、毎週のように行われる「縦割り活動」などの中で、いつもいつも1
年生とペアを組まされ、いつもいつもお世話役をやらされている6年生を見て
いると、心が痛む。

 6年生だって、1年生と同じ、「子ども」なのである。
 自分自身が、楽しみたいはずだ。学びたいはずだ。

 それなのに、なにかにつけて、すぐ世話役。
 あわれである。
 1年生の担任教師がラクするために、6年生になんでもかんでも押しつける
のは、いい加減やめていただきたいものだ。

 6年生の担任をしたことのある教師、あるいは、6年生の子をもつ親などに
とっては、深くうなずける内容であろう。

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◆ 5年生らしい本を読みなさい、って、何だ? ◆

 先日、ある教え子の親が言っていた。
 子どもが図書室で本を借りるとき、教師がこう言ったんだとか。

「その本はダメです。もっと5年生らしい本を読みなさい。
 もっと、文字の多い本を読みなさい」

 なんじゃそりゃ。

 まあ、言わんとすることはわかる。
 幼児や1年生が読むような本を喜んで借りて、楽しそうに読んでいる高学年
の子を見ると、苦笑いもしたくなる。小言のひとつも言いたくなる。

 しかし、ダメです、は無いだろう。
 禁止する理由はないはずだ。

 どんな本を読もうと、子どもの自由ではないのか。
 少なくとも、「多読」を目的とした、自由な「図書(読書)の時間」なら。

 幼児や1年生が読む本だって、立派な?大人の作家が書いている。
 そこには、深い深い意図があり、深い深い願いが込められている。
 多くの幼児向け絵本は、高学年はおろか、大人にでさえ、感銘を与える本が
あるものだ。

 そういう事実を無視する教師は、子どもから白い目で見られ、これもまた、
学級崩壊の遠因となっていくわけである。

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