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         》》》 小学校教育が危ない! 《《《

          No.69  2007/9/20

     著者:福嶋隆史 [ふくしま国語塾 主宰 (元小学校教師)]

      著者HP http://www16.ocn.ne.jp/~wildcard/

       このメルマガは、10月末で発行終了予定です。
     発行終了に関するメッセージは、67号に記載しています。

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   No.69 授業中なのに、ほぼ全教室から教師がいなくなるなんて!

           〜いただいたメールへの回答(2)〜

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 前々号でメール(リクエスト)を募集しました。
 今回も、いただいたメールから1つをピックアップし、お答えします。

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 ━━━◆「校内授業研究会」がはらむ2つの問題点と、解決策◆━━━

メールの内容:

「私の学校には、校内授業研究会があります(どこの学校にも、同じようなも
 のはあると思います)。これは、たとえば5年1組の5時間目の授業を、他
 の全学年・全クラスの教師が参観しに行き、その授業をもとにして研究を深
 めようとするものです。
 その趣旨はよいと思うのですが、いつも問題点を感じます。
 それは、その5時間目の授業の間、ほぼ全教室がスッカラカンになってしま
 う、ということです。
 危機管理上、かなりの問題かと思うのですが、いかがでしょうか。
 福嶋先生のお考えをお聞かせ下さい」



 かなりの問題どころか、きわめて重大な問題である。

* * * * * * * * * * * * * * * *

 校内授業研究会がはらむ問題点のうち1つは、まさにご指摘のとおり、「危
機管理上の問題」である。

 これについては、第9号でも触れた。

 校内研究で5年1組の5時間目の授業を参観するために、1年各組の教師全
員、2年各組の教師全員、……同様に、3〜6年の各組の教師全員、さらに専
科(音楽等)の教師もが、みんな、5年1組の授業場所(教室あるいは体育館
・その他)に集合してしまうわけだ。

 その間、当然ながら、各学年の教室は「教師不在」となる。
 5年1組以外のすべての子どもたちにも、5時間目がある。
 しかし、それは「自習」タイムである。

 もし不審者が侵入したら、一巻の終わり。
 もし地震や火災が発生したら、指示を下す教師が不在の教室では、普段の避
難訓練もほとんど役に立たないだろう。
 要するに、危機管理上、きわめて重大な問題だと言えるわけだ。

 いや、たしかに、学校によっては、対策を取っているところもある。
 たとえば、学年の教師のうち誰か1人だけは教室に残り、フロアを見回る。
 たとえば、1年生は問題が生じやすいので、早めに参観を切り上げて戻る。
 たとえば、技術員などの職員が校内を巡回する。

 しかし、どれも決め手にはならない。
 きわめて手薄であることに、変わりはない。

 不審者対応訓練・災害対応訓練のマニュアルには、各教職員の役割が明記さ
れているが、教師たちがみな1つの教室に集合してしまっていては、マニュア
ルはまったく機能しないことになる。

 そもそも、たとえ不審者や災害に見舞われないとしても、多くの子どもたち
を「自習」にしてしまうこと自体に、大きな問題があるのだ。

 自習の教室では、子どもたちが荒れる。
 ヤンチャ男子やオテンバ女子がクラスを牛耳る。
 1年生でも、6年生でも同じだ。

 参観を終えた教師が教室に戻ってみると、クラスは不穏な雰囲気に包まれて
いる。ふだん羽目をはずせない子どもたちが、ここぞとばかりにエネルギーを
発散させた結果である。
 そして、真面目に自習するつもりの子どもたちは戸惑い、嘆き苦しみ、悲し
む。
 その末路として、5時間目終了後、普通なら明るく帰れるはずなのに、長い
長い「反省会」や「お説教タイム」が始まってしまう。

 これもひとつの危機管理である。
 つまり、子どもたちによる教室の「荒れ」を防げないという点で、危機管理
が甘いということになるのだ。


 まあ、このような自習タイムも、年に2〜3回ならまだ許せる。
 しかし、実態は違う。

 自分の教室を自習にして他のクラスを参観しに行く回数は、学校規模等によ
ってバラバラだが、年に1回ということはない。
 各学年各クラス、必ず1年に1回は校内研究授業を実施する、という学校も
多い。
 つまり、研究授業の合計回数はかなり多くなる。
 1学年2クラスとしても、2クラス×6学年=12回は校内研究授業が実施
される。
 ということは、年に12回、「スッカラカン」状態が全クラスに訪れるとい
うことになるわけだ。
 おわかりだろうか。
 (これに、区や市単位の公開研究授業も加わる場合がある)


* * * * * * * * * * * * * * * *

 もう1つの問題点は、校内研究の「効能」である。
 要するに、たいして役に立たないのだ。

 たしかに、多くの教師にとっては、他の学年・クラスの子どもたちの日常を
観るチャンスは普段なかなかない。その分、研究授業で他の学年・クラスを訪
れると、意外な発見がいろいろとある。

 ○年生って、こういう感じなのか。
 職員室でも普段名前がよく出る○○くんは、授業中こういう感じなのか。
 うちのクラスの○○さんの弟は、こういう感じなのか。
 この先生は普段こんな風に授業をしていたのか。
 なるほど、こういう授業方法もあるのか。

 しかし、それらの発見の程度は、微々たるものだ。
 自分のクラスを年に十数回も自習にして実施すべきものではない。

 なぜ、微々たるものだと言えるのか。

 校内研究授業の主たる目的は2つある。
 第1に、授業内容や授業方法の研究。
 第2に、児童理解。(具体的な子どもたちの実態を理解すること)

 第2の点で効果を主張する方も多いだろうが、ほんの1回っきりの授業を観
ただけで、そのクラスの子どもたちを理解したような気になってしまうとした
ら、それは問題である。児童理解に有効な場は、他にいくらでもある。行事、
集会、委員会活動、クラブ活動、その他さまざまな場で、教師は、自分が担任
している学年以外の子どもたちとのかかわりを持つことができる。それら多く
の場でかかわって、ようやく一部を理解できる程度である。

 よって、第2の点での効果は微々たるものだと言える。

 第1の点では、なおのこと、効果が薄い。
 それは、研究授業の「研究」の仕方そのものが、根本的におかしいからであ
る。
 校内研究授業の事後検討会(放課後に実施)では、「授業方法」の研究な
ど、一切行われていない。
 ざっくばらんな「感想」のやりとりが9割。
 いわく……○○さんは、あんな感じなんですねえ。ええ、そうなんですよ。
でも、あのとき、○○さんは、なんで、あんな発言したんでしょうねえ。あ、
そういえば、壁にいろいろと作品が貼ってありましたけど、あれはいつ書かせ
たんですか。それはですね……

 「授業方法」に関する建設的批判など、1割あれば多いほうである。
 あのときの○○先生の発問は、前の発問と矛盾してましたよ、だから○○さ
んが混乱したんじゃないかと私は思いますが。あの場面では、手を挙げさせる
のではなくて、ノートを持ってこさせるべきだったのではないですか。この教
材では、こういう指導法もありますよ。……
 このようなやりとりこそ、教師の授業技量を高めるのである。
 しかし、こういう話は、1割しか出ない。

 よって、第1位の点でも、微々たるものだと言える。

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 では、このように大きな問題点をはらんだ校内授業研究の実態を、どう改善
していけばよいのか。

 解決策は簡単だ。
 「ビデオ検討会」に替えればよいのだ。

 研究授業の対象となる授業をビデオに撮影し、それを放課後、視聴覚室など
で流して、教師たちが全員でじっくりと検討すればよい。
 このことによるメリットは、多々ある。

 ビデオには、教室の子どもたちや教師の日常(普段の姿)を収めることがで
きるのだ。
 研究授業だと、教室の後ろにズラッと教師たちが並ぶ。圧倒されて当然。子
どもたちが「普段の姿」でいられるはずがない。教師もまた然りである。そう
いう「お仕着せ授業」を“研究”しても、効果はないのである。

 また、ビデオだと、巻き戻しや早送りができる。
 旧態依然とした事後検討会のように、「あの場面では……」「え? それっ
て、どの場面?」なんていうやりとりをしなくて済む。
 見たい場面がすぐ出せる。

 生で見たほうが、子どもの姿を全体的にとらえられる、などと思う教師がい
るかもしれないが、それは勘違いだ。
 研究授業を参観している教師は、たいてい、一部の子どもたちしか目に入っ
てない。あるいは、壁の掲示物を見てるだけ、なんていう先生もいる。だか
ら、事後検討会で、「え?そんな場面ありましたっけ」などという発言が次々
出る。
 ビデオなら、そういうことはありえない。

 もちろん、ビデオは1台ではだめだ。
 黒板側から1台、後ろから1台、さらに1〜2台を横などに据えて、くまな
く撮影できるようにする。
 子どもの気が散る、というかもしれないが、たくさんの教師がずらっと並ん
でいるよりは、よっぽど集中できる。
 それに、熱中できる授業なら、カメラの存在なんて忘れるのが普通だ。

 ビデオのよさはまだまだある。
 たとえば、4月の様子を、10月に見比べることができる。
 子どもたち(や、教師)の変化を確認できる。

 また、ビデオならば、授業方法を具体的に検討する際に非常に役立つ。
 具体的場面が明確に示されるので、「このときの○○先生の指示は、私なら
こうしますよ」などと代案を具体的に示し合いつつ、検討することがたやすく
なる。

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 危機管理上の問題が大きく、たいして役にも立たない校内授業研究なんて、
やめたほうがいいのだ。

 年に12回などといわず、もっと多くの授業をビデオに収め、研究をこまめ
に行っていくほうが、よっぽど安全で、しかも、役に立つのである。

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