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         》》》 小学校教育が危ない! 《《《

          No.64  2007/7/4

     著者:福嶋隆史 [ふくしま国語塾 主宰 (元小学校教師)]

      著者HP http://www16.ocn.ne.jp/~wildcard/

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        No.64 教室環境に現れる 教師の配慮の差

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目次
◆はじめに……教室を見渡せば教師の力が分かる
【1】……ADHDなどの子たちへの配慮
【2】……教師が、子どもたち1人1人を見ているんだ、ということを示せ
【3】……子どもにあれこれ言う前に、教師に出来ることは山ほどある!
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◆はじめに……教室を見渡せば教師の力が分かる

 教室(および廊下)を見渡せば、教師の力量が分かる。
 ただし、見る者に眼力がなければ、それを見抜くことはできない。

 今回は、私が教室を見るときの観点をご紹介する。

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【1】……ADHDなどの子たちへの配慮

 ADHDなどの障害をもった子は、どこのクラスにも7%程度居るといわれ
ている。

 彼らは、目の前に「気になるモノ」があると、そちらに集中力を奪われてし
まうという特性がある。
 しかし、そういう子たちの特性を知ってか知らずか、スッキリしていない教
室が非常に多い。

・黒板の上の壁に、でかでかと、イラスト入りの「学級目標」が掲げてある。
・黒板の左右の壁に、色の目立つカレンダーやポスターが張ってある。

 まあこれくらいなら、大目に見てもいい。
 しかし、次は許せない。

・教室の天井を縦横無尽に走る針金や紐から、これでもかと言わんばかりに、
 模造紙、画用紙などが吊り下げられている。(運動会の万国旗状態)

 これらの紙には、算数の公式とか、社会科で調べた「町の様子」とか「工場
見学のまとめ」とか「歴史年表」とかが、太いマジックで大きく書かれてい
る。

 もちろん、そういうモノを吊り下げる教師たちの願いは分かる。
 一度学んだことを、覚えていて欲しい。
 中休みなどのちょっとした時間にも、復習してほしい。
 しかし、それらの願いは、現実には、ごく一部の子にしか届いていない。

 これらはむしろ、教師の“見栄”に終始している。
 研究授業で教室を訪れた他の教師や、授業参観で訪れた保護者たちに、「ほ
ら、子どもたちはこんなにがんばってますよ。そして、私も…」という見栄を
張っているのだ。

 そんな程度の目的で、風が吹くたびに揺れる模造紙・画用紙を吊り下げるこ
とは、到底賛成できない。
 そんな紙類は、子どもたちの集中力を削ぐばかりなのだ。
 目下(もっか)の授業に集中すべきときに、チラチラとそちらを読んでいる
子もかなりいる。逆効果である。

 ADHDの子ばかりではない。障害のない子だって、同じだ。
 当然、気が散る。

 障害児にとって適した手段・方法は、他の子にとっても適した手段・方法な
のである。
 余計なモノが張り巡らされておらずスッキリした教室は、子どもたちを授業
に集中させる効果がある。

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【2】……教師が、子どもたち1人1人を見ているんだ、ということを示せ

 もちろん、私とて、教室・廊下の壁が「まっさら」だったわけではない。
 子どもたちが書いた理科の観察カードの類をずらっと並べるなど、他の教室
と同じ点ももちろんあった。

 ただし、私は常に、次の点に留意していた。

「掲示物には、できるかぎり、教師の評価を入れておく」

 理科や生活科の観察カードが廊下の壁に並んでいる教室はたくさんある。
 しかし、教師が書いた赤い「花マル」や、「一言コメント」が入ったカード
が掲示されていることは、意外に少ない。

 そういうカードを親が見たら、きっとこう思うだろう。
「うちの子のカード… 先生は、どう評価してくれているんだろう?」

 たとえその評価があまりよくないとしても、「先生がちゃんと見てくれたん
だ」と分かれば、親も安心するものである。

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 教師が掲示物に評価を入れる目的は、もう1つある。
 それは、子どもたちに対して「基準」を与えることだ。

「ああ、○○さんのカード、すごい。気づいた点が、こんなに書いてある」
「そうか、見た目だけじゃなくて、手触りとかも書けばいいんだな…」
「僕の絵は小さすぎたんだな……今度は、○○くんくらい、大きくしよう」
「こうやって、前の観察内容と比べるといいのか… なるほど」

 子どもたちは、ずらっと並べて掲示された物を見るとき、必ず自分の物と友
達の物とを比較する。
 そのとき、教師の評価が入っていないと、「なんとなく○○さんのは上手だ
な…」ぐらいで終わってしまう。

 ところが、そこに教師のコメントが入っていると違う。
「○○さんは、2週間前の葉の大きさと比べて書いてありますね。すばらし
いですね」
 こういうコメントを見た子は、「なるほど、比べればいいんだな」と意識す
る。そしてそれが、次に生きてくるのである。

 こういう学びを提供するためにも、掲示物における教師の評価は、欠かせな
いのだ。

* * * * * * * * * * * * * *

 私は、9月最初に廊下に展示する夏休みの自由研究の作品に対しても、必ず
コメントをつけてから展示するようにしていた。

 9月初日、子どもたちが教室で作品発表をしているときに、その発表を聞き
ながら、その場で評価コメントを書いた(もちろん、あらかじめカードを用意
しておく)。時間にして1人2分ほど。
 そして、発表が終わると同時にそのカードを子どもに手渡す。
 子どもは、うれしそうにそれを読みながら席へ持ち帰る。
 そして、作品にそのカードを添付する。

 私は、それをそのまま、その日の放課後、廊下に並べるわけだ。
 初日だけで、発表も評価も展示も終わる。
 私のクラスでは、学校のどのクラスよりも早く、評価入りの作品が廊下に並
んだ。

 もちろん、カードを書く段階で、手元の帳簿への「作品名と評価のメモ」も
済んでいる。

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【3】……子どもにあれこれ言う前に、教師に出来ることは山ほどある!

 教室の後ろの壁に絵を掲示することはよくあるだろう。
 絵には、子どもが書いた名札が貼り付けられている。
 しかし、たいていは、小さい文字だったりして、読みにくい。
 授業参観のときなど、親は、わが子の作品を見つけられず困っている。

 これは、子どもが文字を雑に書いたり小さく書いたりしたことが原因だろう
か? 否!
 教師の配慮が足りないのだ。

 私は、短冊型に切った紙にある程度大きく子どもたちの名前を記入し、それ
を、最初から壁に貼っておいた。ロッカーや靴箱みたいなものだ… 最初か
ら、子どもたちのポジションを決めておくわけだ。
 ○○さんの作品はここ。○○さんの作品はここ。(だいたいは出席番号順に
していた)別の絵に張り替えるときも、ポジションは替えない。

 そうすると、親たちは教室に来るたびに、そこを見れば自分の子の絵を見つ
けることができる。

* * * * * * * * * * * * * *

 教室の隅に設置されている「掃除道具入れ」の中が乱雑になっていて、扉を
開けると、ホウキやチリトリがなだれ落ちてくる教室がある。

 それは、子どもの整理能力のせいだろうか? 否!
 これも、教師の配慮が足りないのだ。

 私は、掃除道具入れの扉の内側に、「整理された状態の完成図」をイラスト
に描いて、貼っておいた。
 子どもたちは自然と、その図の状態に戻るよう、整理整頓して片付けるよう
になった。

 まず完成形・理想形を示すこと。
 これは、他の様々な指導にも通用する手法である。

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 ADHD等の子たちのためにも、教室は、できるだけスッキリさせること。
 黒板の周囲に目立つポスターを張ったり、風に舞う模造紙を天井から吊り下
げたりしないこと。

 掲示物に評価を入れることによって、「教師が1人1人の子をちゃんと見て
いるんだ」ということを、親にも、子にも、感じさせること。
 子どもたちに、学習の基準を与えること。

 子どもにあれこれ言う前に、教師に出来ることを、とことんやること。

 眼力のある教師が教室や廊下を見渡せば、こういう配慮ができているかどう
かが、一瞬でわかるものなのである。

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