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         》》》 小学校教育が危ない! 《《《

     No.54  2007/ 3/ 7  著者:福嶋隆史

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 No.54 子どものイライラを増幅させる、これだけの理不尽[その1]

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【 目 次 】
◆まえがき……子どもが「キレる」原因は、教師にもある!
◆休み時間の自由が、これでもかというほどに奪われている!
(1)休み時間の自由は、子どもの権利である
(2)休み時間に勉強をさせる愚
(3)委員会活動を休み時間にやらせる愚
(4)「晴れた日は、外へ出て元気に遊ぶこと。室内遊び禁止」!?
(5)これっぽっちも面白くない「たてわり遊び」で30分拘束!
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◆まえがき……子どもが「キレる」原因は、教師にもある!

 「キレやすい」子どもが増えていると言う。

 偏食・睡眠不足・運動不足・ゲーム脳など、様々なところに原因があるとさ
れている。
 それはそれで、否定しない。
 早寝・早起き・朝ごはん運動も、大切だと思う。
 ただ、それらはどれも、「子ども側(親側)に原因がある」とする見解だ。

 ちょっと待て、と言いたい。
 私は、子どもをキレさせる大きな原因のひとつは、「教師の理不尽なやり
方」にあると思う。

 「そんなの子どもに媚びた考え方だ」と思うだろうか?
 いやいや。
 考えてみていただきたい。
 子どもは、1年365日のうちの約200日を「学校」という場で過ごしている。
 教師のやり方が理不尽であれば、子どものイライラが増幅されキレやすくな
るのは、当然の話だ。
 「会社の上司の理不尽なやり方」に、社員がイライラするのと同じことだ。

 教師の「理不尽なやり方」の最たるものは、「算数の問題解決型授業」「国
語の単元学習」など、授業内容そのものにある。
 分かりにくい授業、つまらない授業。
 学力のつかない授業、達成感のわかない授業。
 そういう授業に毎日毎日取り組まねばならないという、理不尽。

 しかし、それらの具体例については、今まで何度も書いてきた。
 そこで今回は、「意外と目が向かないが見過ごすことのできない生活場面で
の理不尽」について、例示していきたい。(次号との2回で書く予定)

 今回は、休み時間についてだ。

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◆休み時間の自由が、これでもかというほどに奪われている!

(1)休み時間の自由は、子どもの権利である

 会社で、「休憩時間」なのになんらかの勤務を命じられたら、どんな思いが
するだろうか?
 あるいは、休憩時間の過ごし方をあれこれ指示されたとしたら?

 まさに、理不尽だと思うだろう。
 休憩時間に自由に過ごすことは、社員にとっての「権利」である。
 また、労働基準法で定められていることでもある。

 子どもだって、同じだ。
 さすがに法律はないが、子どもにも、休憩時間に自由に過ごす「権利」があ
る。

 なに?
 会社と学校は違うって?
 学校は教育の場なんだから我慢して当然だ、だって?

 私は、そうは思わない。
 ほとんどの子は、教師の指示・命令に素直に従い、8時半から15時前後ま
で、「授業を受ける」という「仕事」をしているのである。
 そんな子どもたちに休み時間を確保してあげることは、教師の「義務」です
らある。休憩時間を与えることが上司の「義務」であるのと同じように。

 しかし、多くの教師は、その義務をないがしろにしている。

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 では、教師はどのようにして子どもの休み時間を奪っているのか?
 その最たるものは、「授業時間延長」だ。
 しかしこれについては、今までの号で何度も書いてきたので、省略する。
 今回は、その他の例を書く。

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(2)休み時間に勉強をさせる愚

 休み時間、成績の低い子に勉強をさせている教師がいる。
 意味があると思っているのだろうか。

 子どもの気持ちを代弁すれば、こうなる。
「あ〜あ。また勉強か。せっかくチャイムが鳴って授業が終わったばかりなの
 に、なんでぼくだけ続けるんだろう。ほかにも、この問題できなかった子、
 いるはずなのに。今頃、○○くん、外でドッジボールしてるのかな。いいな
 あ。あ〜あ。この問題、わかんないなあ」
 要するに、理不尽さを感じながら、イヤイヤながら勉強しているのである。

 こういう状態で、学習が身につくはずがない。
 まあ、成績の低い子に勉強させたい教師の気持ちはよく分かる。
 しかし、「意・味・が・無・い」のだ。
 彼らは、授業時間でさえ「一杯一杯」の子たちだ。
 休み時間にやらせても、勉強が身につかないどころか、反抗心を湧かせるだ
けだ。彼らが人一倍楽しみにしていたはずの休み時間を、奪うのだから。

 子どもに「残業」を課す前に、教師は、すべての子に授業時間内で学習を身
につけさせられるよう、もっともっと授業方法を学ぶべきである。

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(3)委員会活動を休み時間にやらせる愚

 委員会活動は本来、「特別活動」という時間枠の中ですべての内容を消化す
べき「授業」である。これらを休み時間にもやらせるというのは、これまた
「残業」「過労」を課すことになるわけだ。

 とはいえ、中には、休み時間にやるしかない作業なども生じてくる。
 たとえば、飼育委員会、放送委員会、給食委員会、保健委員会などの仕事の
うちの、いくつかの作業。
 私は、それらすべてを否定するわけではない。
 それらが、子どもたちの学校生活を円滑にするために欠かせない仕事である
のならば。

 だが実は、委員会の仕事の半分は、やらなくても支障の無いものばかりだ。
 また、本当に子どもにさせるべき仕事なのか疑わしい内容もかなりある。

 たとえば。
 学校に送られてくる数々のポスターを階段などの掲示板に貼る作業なんて、
子どもがやるべきなのか? わけのわからないイベントの告知ポスターとか、
プロ野球チームの宣伝ポスターとか。そんなの、そもそも貼る必要すらない。
 そんなポスター貼りを、広報委員会などが手分けして休み時間に行う。有害
無益だ。

 栽培委員会では、理科で使うための「学年園」とは別に校庭に造られている
大きな花壇に、球根を植えて育てたりしている。それはそれでいいが、夏場の
雑草抜きを毎日休み時間に強いられるとしたら、それは行き過ぎだ。
 それは、技術員(用務員)がやるべき仕事だ。

 なお、運動会や○○祭などの学校イベントが近くなると、休み時間を作業に
奪われる子どもたちが一挙に増える。
 子どもが望んでやっているのならいいが、多くは違う。
「休み時間にしかやらせる時間がないんだから、しかたないじゃないか」とい
う主張は、お門違いだ。
 休み時間にしかやらせる時間がない、つまり授業で扱えないというのなら、
そんなイベントは、すべて一切合切、やめてしまえばよいのである。

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(4)「晴れた日は、外へ出て元気に遊ぶこと。室内遊び禁止」!?

 正に理不尽。
「晴れた日は、なるべく外へ出て遊びましょう」……なら、いい。
 しかし、そうじゃない。
「晴れた日は、外へ出て元気に遊ぶこと」……である。
 休み時間についてこんな命令を下す権利は、教師には無い。
 そもそも、「勉強すべし」なら分かるが、「元気に遊ぶべし」だなんて、
「命令」するような類のことじゃない。

 いや、私だって、外へ出て遊ぶことの価値は分かっている。
 身体にいいし、脳もリフレッシュされる。
 しかし私は、「いい天気だし、外に出て運動するといい気分転換になるよ」
といった程度のことしか、言ったことがない。
 「休み時間は外へ出なさい」なんて、一度たりとも言ったことがない。

 だが多くの教師は、かなり強い口調で命令する。
「ほら! そんなところで絵なんて描いてないで、外へ出て遊びなさい! 教
 室に残ってるの、あんたたちだけじゃないの!」などと。
 ひどい話だ。

 命令されてイヤイヤながら外へ出たとしても、楽しく遊べるはずがない。
 そういうクラスの子たちには、リフレッシュどころか、逆にどんどんイライ
ラが溜まっていく。
 そして、教師に対する反感を募らせるようになる。

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 第一、「休み」時間なのだ。
 机に顔を伏せて寝たい子は、寝ればいい。
 トイレに行きたい子は、行けばいい。
 ぼんやりしたい子は、ぼんやりすればいい。
 絵を描きたい子は、描けばいい。
 友だちとおしゃべりしたい子は、おしゃべりすればいい。

 疲れている子だっている。
 風邪気味の子だっている。
 生理中の子だっている。

 が、そういうことをほとんど無視して、多くの教師は命令する。
「外で遊べ」と。

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 ましてや、晴れた日の室内遊びを禁止するルールを作るなんて、常軌を逸し
ている。
 たとえば、「教室に置いてある将棋・トランプ・けん玉などは、雨の日しか
使ってはいけません」とか。
 ひどい話じゃないか。
 しかし、現実に多くの学校で見られる、教師の愚行である。

 私は、クラスで「百人一首」を毎日指導していた。
 子どもが、「休み時間にも百人一首をやりたい!」と言えば、いくらでも自
由にやらせた。
 外がどんなにいい天気でも、自由にさせた。(もちろん、逆に「外へ出た
い」という子に対して「百人一首をやりなさい」と言ったことも皆無だ)

 子どもたちは、百人一首が大好きだった。
 そして、華々しい成果を上げた。

 しかし!
 ある学校では、「児童代表委員会」で「中休みのカードゲーム禁止」などと
いうくだらないルールが作られた。
 児童代表委員会で、とは言うものの、「子どもの意思」かどうかは極めて疑
わしかった。
 だって、子どもが、自分たちの自由を奪うルールをわざわざ自分たちの意思
で作るだろうか?
 作るはずがない。
 おおかた、教師が主導していたのだ。(授業では主導できないくせに、こう
いうところでだけ主導して、子どもを締め付けていくわけだ)

 私は、その「ルール」に関する議題が(代表委員会実施前の)職員会議で伝
えられたとき、異議を唱えた。
 しかし、うまい具合にごまかされてしまった。

 ただ、そのルールはほどなく形骸化した。
 くだらないルールというのは、自然に衰退するものなのである。
 結局、私のクラスでは相変わらず、中休みに百人一首の札を取る元気な声が
響いていた。

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(5)これっぽっちも面白くない「たてわり遊び」で30分拘束!

 たてわり活動の問題点の詳細については、第29号「たてわり活動を廃止せ
よ!」で書いたので省略する。
 まあとにかく言えることは、9割の子はたてわり活動が嫌いだ、ということ
だ。

 それなのに、ある学校では、「たてわり遊び」が「強制参加」だった。
 全校児童、全員、である。
 全校児童を1班10人程度のグループに分けたのが「たてわり班」。
「たてわり遊び」の日の中休みは、そのメンバーと遊ぶことを強要される。

 「中休み」に、「遊び」を「強制」する!
 しかも、遊びの「相手」までをも、強要するのである。
 それがいかに愚かなことか、説明するまでもない。
 こんな愚行が許されていいのか、と思う。

 9割の子どもたちは、暗い暗い表情で「遊んで」いた。
 ああ、その様子を写真に収めて、ここに掲載したいくらいだ!
 おそろしいほど暗い「ハンカチ落とし」だの「フルーツバスケット」だの
が、沈黙の中で行われているのである。
 異様な光景だ。
 そこに現れた教師の「もっと高学年がリードしなさい」なんていうお説教
が、その暗さに輪をかける。

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 そりゃあ、日ごろ遊ばない他学年の子と遊ぶ中で新しい人間関係が作られる
メリットも、ないとは言えない。だが、わざわざ、日時を設定してやらせるこ
とか?
 はっきり言って、余計なお世話なんだ。
 子どもは、学校を一歩出れば、いろいろな場で、他学年の子たちと意外にた
くさん遊んでいるものである。ウソだと思うなら、放課後、学区を歩いてみれ
ばいい。
 自然に出来上がった“たてわり班”で、生き生きと遊ぶ子達の姿を目撃する
だろう。

 とにかく、学校ってのは、余計なお世話が多すぎるんだ。
 たてわり活動は、その最たるものだ。
 第29号でも書いたが、私は、どの学校でも「たてわり活動廃止」を訴えて
きた。
 耳を傾けてくれる教師もいたが、結局、「長年の慣習」が消えることはな
かった。

 慣習を捨てない教師たちは、たてわりなんてやめてほしい、と願っている子
どもたちの、いわば「民意」を、無視し続けているわけだ。

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 次号に続く。

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