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         》》》 小学校教育が危ない! 《《《

     No.42  2007/1/10  著者:福嶋隆史


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       No.42 〜 学級崩壊を助長する愚策 〜

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 あるクラスが「崩壊」すると、学校はよく、こういう方法をとる。

 すなわち、「担任以外の教師がサポートに入る」。
「空き時間」のある他学年の担任が、かわるがわる、その崩壊学級に入るので
ある。
  (3〜4年生以上になると、音楽・図工・家庭科等では「専科教師」がそ
   の授業を受け持つため、自分のクラスで授業をしなくてよい時間が生じ
   る。これが「空き時間」である)

 たとえば、4年1組が崩壊してしまったとする。
 すると、まずは4年2組や3組の担任が、自分の空き時間に1組の授業のサ
ポートに入る。
  (単なるサポートではなく、完全に授業を引き受けてしまうこともある。
   1組の担任が授業をどうしてもうまく進められない場合などだ)
 また、3年・5年・6年の担任も同様に、サポートに入る。
 1年・2年の担任も、入ることがある。低学年は午前中で授業が終わる曜日
もあるので、午後の授業のサポートに入れるわけだ。

 4年1組の保護者会では、教頭などの管理職が立ち会ってこんな風に言う。

「このクラスは、学校の全職員で面倒を見ます。なんとかします」

 これは、一見、頼りがいのある発言に聞こえる。
 いかにも、有効なことのように思える。

 しかし、多くの場合、効果は上がらない。
 いや、むしろ逆効果になる。

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 子どもたちの身にもなってみるがいい。

 入れかわり立ちかわり、いろんな先生が入ってきて、いろんなことを言う。
 これでは、混乱する一方である。
 小学校の「学級」というものは、誰か1人が【統率】しなければまとまらな
いのである。

 他のクラスでは、普通に1人の担任が授業をしているのに、うちのクラスで
は、担任は授業をせず、他の教師が授業をしている。

「おかしいよね」
「うん、なんだか落ちつかないね」

 ……子どもたちのこんな声が聞こえてくる。
              (実際にそういう声を聞いたことも多々ある)

 その担任は、教壇で授業を先導せず、教室の片隅で、“荒れている子”の面
倒を見ている。

「○○先生って、このクラス全員の担任なのに、どうしていつも、◇◇君のお
 世話ばっかりしてるんだろうね」
「授業するのが下手だから、ほかの先生が代わりに授業してるんじゃないの」
「かもね。○○先生の授業、はっきりいって面白くないしね」

 4年生にもなれば、教師へのこんな批判も次々と沸いてくる。
 これでは、担任への信頼が落ち、さらに状況が悪化していくのは間違いない
ことである。

 「船頭多くして、船、山に登る」
 ――リーダーは、1人でなければならないのだ。

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 しかし、そのリーダーがひどいから、学級が崩壊する。

 では、どうすればいいのか。
 方法はたった1つである。
 リーダーを換えればよい。

 要するに、崩壊している学級は、担任を早期に換える以外に方法はないので
ある。
 すぐれた教師が担任になれば、早ければ1ヶ月、遅くても3ヶ月で、クラス
は立て直せる。
 そういうものなのである。

 しかし、これはいささか非現実的な極論だ。
 なぜならば、校長がそんなにすぐに担任を換えるはずがないからだ。
 だって、自分の人事管理の非を問われるに決まっているのだから。
 「そんな教師を、どうして担任に据えたのか?」と。
 教育委員会も、同じ理由で、賛同しないだろう。
 同じように、非を問われるからだ。
 「そんな教師を、どうして採用したのか?」と。


 そこで、次善策をとらなければならない。

 それは、管理職なり、実力ある教師なりが、その崩壊クラスの担任に【統率
の方法】を指導することである。

 「たくさんの教師で面倒を見れば、なんとかなる」という「数」や「量」の
発想ではなく、「もともとのリーダーに【方法】を与える」という「質」の発
想に転換しない限り、改善は見込めない。

 しかし、そのためには、その【方法】を指導する者が相応の力を持っていな
ければならない。
 もともと、学級を統率する力に長けていて、しかも、一教師を指導できるほ
どの力を持つ者でなければ、成り立たない。

 教師の教師、リーダーのリーダーとなりうる人間。

 残念ながら、そのような力をもっている教師は、1校に1人いるかいないか
である。
 しかも、そのような「実力派教師」とて、自分の仕事で多忙であり、崩壊さ
せた担任につきそってばかりもいられないのが現状だ。

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 この状況を打破するためには、崩壊させてしまった教師自身が、土日だろう
が夏休みだろうが、遊んでいないで、民間・外部の研修や研究会に私費で出か
け、自らの技量を高めていくしか、方法はない。

 私の知り合いの若い教師は、クラスがほぼ崩壊状態にあった。
 校内の多くの教師から、「教職をやめたほうがいい」と諭されたという。
(それもひどい話だが!)

 しかし、私が、何冊かの本を手渡し、研究会への参加を進めた結果、彼は素
直にそれを読み、かつ、その研究会に複数回参加した。
 私が講師を務めた大規模な研究会にも、同僚を引き連れて参加してくれた。

 その結果、少しずつ成果が出て、今はそのときより自信を持って授業をでき
ているということを、最近、本人から聞いた。

 教師とて、学び続ける身なのである。
 教師の責任は医師と同じくらい重く、その仕事は医療と同じくらい尊い。

 そういう仕事をする人間は、日々学び続けることを宿命付けられているので
ある。

 ちなみに、下記に示したような本を読むことが、私の出発点でもあった。
 ご参照いただければと思う。
 http://www16.ocn.ne.jp/~wildcard/06-mysite-bookshelf.html

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