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          》》》 小学校教育が危ない! 《《《

    No.36  2006/11/29  著者:福嶋隆史

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      No.36  何が「いじめ」を助長するのか?

 ~ 「いいですか」「いいで~す」が、クラスに差別意識を根付かせる! ~

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 学校から「いじめ」を完全になくすことはできない。
 しかし、防いだり、減らしたりすることはできる。
「いじめ」を未然に防ぐための手立てを講じることは、教師の義務である。

 その教師が、授業という公的な場で、「いじめ」を助長する行為を平然と行
っているとしたら、由々しき問題である。
 しかし、その問題は、現実に存在する。

 それは、「いいですか」「いいで~す」というやりとりを容認していること
だ。
 この異様な問答は、私が子どもの頃からずっとある。
 そして今でも平然と、数多くの小学校の教室で続けられている。
 多くの読者のみなさんも、経験済みであろう。

 さっそく、具体的場面を再現してみよう。
 とある算数授業(6年:分数の引き算)の一場面だ。

◆-----【場面その1】-----------------------------------------------◆
 宿題になっていたらしい練習問題の答え合わせが始まった。

教師…「はい、では前から順番に、練習問題1の答えを発表してください」
A太…「(1)、10分の7 - 14分の5 は、35分の12です。いいですか」
全員…「いいで~す」
B美…「(2)、12分の7 - 4分の1 は、3分の1です。いいですか」
全員…「いいで~す」
C雄…「(3)、6分の7 - 9分の7 は、18分の7です。いいですか」
全員…「いいで~す」
D子…「(4)、20分の31 - 10分の7 は、10分の12です。いいですか」
全員…「…(2~3秒の沈黙)…」 (D子、ドキッとする)

数人…「ちがいま~す!」    (自信ありげな5~6人が大声で言う)
   「答え、20分の17だよね」 (周囲の女子が小声で、近くの子に言う)
   「うん、私もそうなったけど」(そう言われた子が、小声で答える)
   「っていうか、10分の12だとしても約分しなきゃおかしくない?」
               (あちこちで、ささやくような会話が続く)
D子…「……」

 全員が、急にぼそぼそとしゃべり始める。
 15秒も経たないうちに、教室中が騒がしくなる。
 D子は、席から立ったまま困惑し、苦い思いを噛みしめる。

 D子は、勉強が苦手で、性格もあまり明るくなく、友だちの少ない女の子
だった。
 それでもD子は、がんばって答えを発表したのだ。
 しかしそんなD子に、
「おまえは答え合わせのリズムを狂わせた“悪者”だ」
と言わんばかりの冷たい視線を送る子もいる。

 さて、続きを見よう。

教師…「ほらほら、静かにしなさい。D子さん、もう1度やってみてね。
    じゃあ、後ろの人どうぞ」
E男…「はい、20分の17です! いいですか」
全員…「いいで~す!」

 さっきまでよりも大きく響き渡る、「いいで~す」の声。
 E男は、D子の誤答に対して「ちがいま~す」と叫んだ1人だった。
 「してやったり」という顔をしている。

 D子は席についたが、心なしか顔色が悪い。
◇------------------------------------------------------------------◇

 子どもたちの多くは、こういうことを、たいした悪気もなくやっている。
 間違った子が気まずそうに立っているのに、ぼそぼそと小声で正解を確認し
あったりするのも、別にわざとやっているわけではない。

 少なくとも、最・初・の・う・ちは。

 しかし、こういう場面が繰り返されるたびに、「またあいつか…」という意
識が芽生えてくる。
 そしてだんだんと、意気投合して「ちがいま~す」と“わざと”唱える子が
増えてくる。E男のように。

 ある子の計算間違いに、全員が大きな声ですかさず「ちがいま~す」と唱え
る――なんなんだ、これは。
 つるし上げか? 裁判か?

 その子は、単純に、計算を間違えただけだ。
 別に、わざとふざけて誤答を発表しているわけでもない。
 ましてや、悪事を働いたり、誰かを傷つけたりしたわけでもない。
 それなのに、全員でその子の間違いを「認定」する。

 いや、もし間違えた子がクラスの人気者だったら、問題は起こらない。
 そういう子が間違えても、明るいツッコミが入ったりして、笑いとばせる雰
囲気になる。
 しかし、ひとたびD子のような子が間違えると、教室は一瞬にして「いじ
め」「差別」を公然と行える「チャンスの場面」と化してしまう。

 いじめる子は、こういう場面を逃さず利用する。

 しかしあろうことか、この恐ろしい場面を、教師は止めない。
 止めないということは、教師がその公然たる差別行為を許可しているという
ことである。
 だからこそ、いじめる子たちは図に乗る。

 いやもちろん、心ある教師は、何十年も前から続いているこうした悪しき習
慣を、「ちょっとおかしいな」「よくないな」と感じているはずだ。
 でも、ほかにどうすればいいのかを、知らない。
 先輩教師もやっていることだし、……だから、なんとなく、続けている。

 教師に「いじめの芽を摘む」という意識があれば、こんなことを許容してい
られるはずがないのである。
 福嶋なら、同じように順番に答えを発表させる場合、次のように授業を進め
る。
 【場面その1】と比べてみていただきたい。

◆-----【場面その2】-----------------------------------------------◆

教師…「はい、では前から順番に、練習問題1の答えを発表してください」
A太…「(1)、10分の7 - 14分の5 は、35分の12です」
教師…「はい、正解です」
B美…「(2)、12分の7 - 4分の1 は、3分の1です」
教師…「はい、正解です」
C雄…「(3)、6分の7 - 9分の7 は、18分の7です」
教師…「はい、正解です」
D子…「(4)、20分の31 - 10分の7 は、10分の12です」
教師…「う~ん、残念。次のE男さんどうぞ」

 間を置かず次の子を指名。
 その後D子のノートをさりげなく確認しに行く。
 そして、間違えた原因をすぐに見つけてあげる。

E男…「(4)、20分の31 - 10分の7 は、20分の17です」
教師…「はい、正解です。
    D子さんは、通分したときに“10分の7”の7を2倍にし忘れちゃった
    んだね。そうすると、途中で10分の12になるもんね。惜しかったね。
    まあよくある間違いだよ。先生も、昨日家で急いでやっていて、似た
    ような問題でつい間違えちゃったから。みんなも、あわてずじっくり
    やりなさいね。
    では、次の問題です。
    あ、D子さん偉いね、すぐに教科書の次のページを開いたね。
    早い!」

 最後のひとことのようなフォローも、大切である。
 (ただしあくまでも事実をもとにほめること)
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 この【場面その2】で重要なポイントは3つある。

【1】正答か誤答かを判断するのは、常に教師とする。
【2】間違えた子や悩んでいる子のところで、流れをストップさせない。
【3】ミスの原因をすぐに考えてあげる。

~~~~~【1】について~~~~~
 私は、4月最初の算数の授業で、このことを全員に伝えるようにしていた。
「『いいですか』『いいで~す』というのは、一切やりません。
 いいか悪いかは、先生がすべて判断します。
 だって、もしほとんどの子が『いいで~す』って言った答えが、本当は間違
いだったら、どうするんですか?
 そのような、難しい問題もあるわけですからね。
 それに、間違っていたときに、全員に『ちがいま~す』って言われるのは、
どんな気分ですか?
 いやですね。
 ですから、やめます」

~~~~~【2】について~~~~~
 流れを止めると、「間違えた子のせいで……」という空気が教室を支配して
しまう。
 これは、防がなければならない。
 また、すぐに次の子に進むことは、「計算ミスなんて大したことじゃない」
ということをさりげなく全員に伝える効果がある。

~~~~~【3】について~~~~~
 もちろん、その場ではミスの原因をつかめないときもある。
 あるいは、ミスがあまりにも単純で、恥ずかしい内容のときもある。
 そういうときは、他の言葉でフォローすればいい。

「ああ、でもD子さん、ノートきれいに書けるようになったね~。
 ちゃんと、問題と問題の間を1行空けてるし。
 ノートがきれな子は、どんどん力がついてくるんだよ」

 教師のこんなさりげない一言が、他の子どもたちのD子に対する感情を、コ
ントロールするのである。

―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―

 私は、学校代表として区の「人権教育研究会」に出席したときに、この「い
いですか」「いいで~す」の問題について、発言・提案し、一定の共感を得る
ことができた。

 その後、自分の学校に戻り、全職員の前でその報告を行う機会を得た。
 具体的な事例を挙げ、端的に説明した。
 教師たちの中には、苦笑している教師もいたが、少しは報告の価値もあった
だろうと思う。

 ちなみに。

「教室は間違うところだ」――
 こういう言葉が大きな文字で掲げられている教室を、よく見かける。
 間違えてもいいからどんどん発言・発表しよう、というような趣旨なのだろ
う。
 確かにそれは、理想的なことであり、文句はない。

 しかし、それらの教室で行われる授業を参観すると、なぜか、子どもたちの
顔はこわばり、発言も少なく、活気がない。
 要するに、スローガンが形骸化しているわけである。

 中には、「教室は間違うところだ」と書いてある教室で、「いいですか」
「え~?! ちがいま~す!」の大合唱が行われている学校もある。
 間違いを全員であげつらう、冷徹な空気に支配されているわけだ。

 完全なる矛盾。

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