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         》》》 小学校教育が危ない! 《《《

   No.35(臨刊) 2006/11/24  著者:福嶋隆史

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   No.35(臨刊) 若い教師が陥りやすい、5つの落とし穴

    ~ 子どもに信頼される教師になるための5つのポイント ~

               (後 編)

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 ~目 次~

・【4:「泣いている子」が正しいと思ってしまう】

・【5:個人の問題を、「連帯責任」にしてしまう】

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【4:「泣いている子」が正しいと思ってしまう】

 小学校では、子ども同士のケンカやトラブルはほぼ毎日起きる。
 教師にとって、これらへの対応力は、ある意味、授業力と同じくらい大切な
ことである。

 ケンカやトラブルは、たいてい教師が見ていない場所で起きる。
 周囲の子どもがあわてて教師を呼びに来て、現場へかけつけてみると、そこ
には、不機嫌そうに突っ立っている子と、悲しそうに泣いている子の2人がい
る。

 そんなとき、経験の浅い教師は、「泣いている子が正しい」と感じてしまい
がちである。
 しかし、当事者に事情をよく聞いてみると、そうでもないらしい。
 さらに、周囲で見ていた子にも事実をあれこれ聞きだしてみると、どうや
ら、突っ立っている子の方にいくらかの“分”があるということが分かる。
 泣いている子は、単に涙もろくて、トラブルになってしまったこと自体が悲
しくて、泣いていただけ。別に、打ち負かされて泣いていたのではなかった。
むしろ、ことの発端はその子にあった。

 私自身、一度そのような場面を経験した。
 てっきり、泣いている子の言い分が正しいと思って話を進めていたが、事実
が逆だったことが徐々に分かり、その場でその子たちにすぐ謝った。
 勘違いしたことを、かなり後悔した。

 しかし、その出来事のあとは、そのような失敗は二度としなかった。

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 トラブルの解決で最も大切なのは、事実を把握することである。
 “裁く”前に、事実を把握する。
 これは、世の常識だ。

 いわゆるベテラン教師の中にも、このような常識を身につけていない教師が
いる。
 事実を聞かず、決め付けてかかってしまう。
 誤った事実で善悪を決め付けていたということにあとで気がついたのに、謝
らない教師もいる。
 そういう教師は、子どもたちに恨まれることになる。
 「子ども」ではなく、「子どもたち」に恨まれる。
 子ども集団を“敵”に回すと、教師であっても、手に負えなくなる。

 そういうことが多い教師は、学級を崩壊させる条件をひとつ持っているとい
うことである。

━━━━子どもに信頼される教師になるためのポイント【4】━━━━━
  当事者以外の子からも事実を聞き出し、慎重に善悪を判断せよ。
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【5:個人の問題を、「連帯責任」にしてしまう】

 私がもっとも忌み嫌う古くからの日本的習慣のひとつに、「連帯責任」があ
る。
 小学校でも、これがまかりとおっていることが多い。

 2~3人の子が騒いだり、トラブルを起こしたりしたことがもとで、教師の
お説教が始まる場面がある。
 お説教の最後に、教師は決まってこう言う。

「これは、クラス全体の問題です。
 みんなで、頭を冷やして、よく考えなさい。
 その間、先生は授業をしません」

 そう言い放ち教室を出て、職員室で専科教師と笑顔でおしゃべりしながらお
茶を飲んでいる女性教師をみたことがある。
 呆れて、呆れて、ものも言えなかった。
 その教師をにらみつけるのがやっとだった。

 いや、本当にクラス全体の問題であったなら、まだ許されるだろう。
 まれに、そういうケースもある。
 しかし、そんなのは年に1回あるかないかだ。

 多くの場合、一部のトラブルメーカーの子が問題を起こしているだけだ。
 それを連帯責任にする教師が、いかに多いことか。
 トラブルメーカーの子に指導し、問題を解決に導くのは、教師の仕事であ
る。
 トラブルメーカーの子だって、本心では、「ちゃんと勉強したい」と思って
いる。「楽しい学校生活を送りたい」と願っている。
 そんな願いをかなえるために、授業力や統率力を磨くことも、教師の務めで
ある。

 そういう意識もなく、ぬけぬけとお茶を飲んでいるとは……職務放棄そのも
のである。 

**********

 こんなケースもある。

 クラスに、激しく暴力をふるう子が1人いるとする。
 その子が暴力をふるう問題について、急きょ、国語の授業時間を学活の時間
に変更し、子どもたちの「自主的な話し合い」によって解決させようとする教
師がいる。(話し合いも国語の勉強だ、とかなんとか言って)

 これも、立派な「連帯責任」である。
 関係のない子どもたちの貴重な学習時間を、暴力行為についての話し合い、
などという無益なことに費やすのだから。

 いや、暴力の「きっかけ」についてだけなら、話し合う価値も多少はあるだ
ろう。誰かが要らぬ“ちょっかい”を出したのが、その時のきっかけだったの
かもしれない。
 それならば、その道徳的課題について十数分話し合いをさせても、まあよか
ろう。

 しかし、問題はもっと根深い。道徳の問題ではない。
 その子の親子関係、食生活、生育歴、発達障害など、多くの原因が考えられ
る。
 それらの原因を追求し、適確な対処をする役割は、教師こそが担っている。
 場合によっては、医療との連携も大切である。

 それなのに、「話し合い」という名目で子どもたちにその問題の責任を押し
付ける教師は、これまた職務放棄以外のなにものでもない。

 話し合いのあとに残るのは、やり場のない苛立ちを抑えようと堪えている子
どもたちの、辛そうな暗い表情と、小さなため息だけだ。

 ……いや、もう1つあった。
 それは、教師への不信感である。

━━━━子どもに信頼される教師になるためのポイント【5】━━━━━
「話し合い」という「連帯責任」でトラブルを解決させてはならない。
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