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       No.31  2006/11/1  著者:福嶋隆史

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           No.31 こんなものは要らない!

      ~学校現場から無くすべきもの 20選(その2)~
           その1 その2 その3 その4

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 前号の続き。

 目次……【 8:何の指導もせずに書かせる「作文」】
     【 9:夏休みの自由研究】
     【10:宿題や居残り勉強】
     【11:書写展】
     【12:有害無益な表彰】


――――■こんなものは要らない!■――――――――――――――――――

【8:何の指導もせずに書かせる「作文」】

~~~ 指導無しで書かせる作文:ワースト3 ~~~

◆-----《3》自由創作---------------------------------------------◆

 国語の教科書には、必ず、自由な創作をさせる学習単元が登場する。
 たとえば……

 光村図書 3年(下) たから物をさがしに(物語)
      4年(下) つぶやきを言葉に (詩)
      5年(下) 物語をつくろう  (物語)
      6年(下) 感動を言葉に   (詩)

 3年の『たから物をさがしに』は、冒険地図をもとに、自由にお話を創作す
る学習。
 5年の『物語をつくろう』は、写真をもとにして、自由にお話を創作する学
習。
 4・6年の「詩の創作」は、さらに自由度が高くなっている。
 
 このような自由度の高い創作を、多くの教師は、本当に「自由に」やらせて
しまう。つまり、教科書の例を音読させ、原稿用紙を与え、「さあ、書いてご
らん」とやる。
 それだけで鉛筆がスラスラ動き出す子は、せいぜいクラスの5分の1。
 あとの子は、皆、途方にくれる。作文嫌いになる。
 スラスラ動く子にしても、その半数は、思いつきオンパレードで意味不明の
ストーリー、あるいは、「グルルル」「ズドドドーン」など擬音語だらけの、
マンガのような作文を書くだけである。

 このような現状を知っているにも関わらず、多くの教師は、「悩むことが大
切」などと言い放ち、ほったらかしにするのである。
 これは、当然ながら、指導の放棄であり、放任である。

 私は、『たから物をさがしに』では、オリジナルのワークシートを作成して
指導した。ワークシートは、ざっと以下のような手順になっている。

1……【登場人物】を決める(名前、性別、動物か人間か、など)
2……【登場人物】の性格を決める(やさしい、おっちょこちょい、など)
3……地図を見て、【場所】を選ぶ。
   事件の起きる【時間帯】(早朝、朝、昼、夜、夜中)を決める。
   【どんな出来事・事件】が起きるのかを、考える。
   それらの「あら筋」を、1つの事件につき3行で、4つほどメモする。
4……それらを書く順番を決める。

 1~4を記入したワークシートが完成した子から、原稿用紙に文章を書き始
める。そのシートを見ながら、文章を書いていくことになる。

 もちろん、1~4の各段階が終了するたびに、教師がチェックを行う。
 教師がOKを出すまでは、次のステップに進めない。
 とはいえ、作文が苦手な子には、教師が例を考えてあげるなどして、丁寧に
フォローする。
 ここまでやって初めて、指導したと言えるのである。

 ちなみに、詩の創作指導も、手順を考えて綿密に行った。
 その結果、子どもたちの想像力が十分に引き出され、見事な詩がたくさんで
きた。
 それらは、市の文集にも掲載された。

◆-----《2》行事のたびに書かせる作文-----------------------------◆

 遠足、運動会、学芸会や文化祭、音楽会、その他あらゆるイベントのあと
に、教師は作文を書かせようとする。
 しかし、指導はしない。
 単に原稿用紙を与えるだけである。
 書けないでボーっとしている子には、叱ったり、注意したりするだけ。
 これまた、放任の極致である。

 せめて、「書き出し」ぐらい指導したらどうなのか。

 私はまず、「書き出し」が巧みないくつかの作文を取り上げ、読んで聞かせ
た。「書き出し」だけを、次々と読む。
 市販されている作文選集や、過去の教え子の作文をもとに例示した。
 すると、「すご~い」「かっこいい」「プロっぽい」などの声があがった。
 同学年の子どもたちが書いた作文だから、刺激を受けるわけである。

 そのあとで、「最初の一文をノートに書けたら持ってきなさい」と指示。
 それを、AA、A゜、A、B゜、B、C゜、Cなどと評定する。
 B゜以上を合格とし、合格の子だけ、続きを書いてよいことにする。
(もちろん、明確な評定基準を設けている)

 皆、競うようにしてノートを持ってきた。
 A以上が出たら、その場で読み上げて褒め、他の子に対してさらに刺激を与
えた。
「○○さんが、Aを取った。よし、自分も!」
 ……そう思って、皆、燃え始めるからだ。

 こうした指導の結果として、「音から書き出す」「セリフから書き出す」
「クライマックスから書き出す」などの工夫を、子どもたちは身につけること
ができた。

◆-----《1》好き勝手に書かせる読書感想文-------------------------◆

 指導がまったく行われない作文の代表格は、これである。
 読書感想文。
 子を持つ親のみなさんは、きっと、大きくうなずかれたことと思う。
 夏休み前に、課題図書一覧と原稿用紙だけを渡され、好きな本を読んで感想
を書いて来いという。
 しかし、どうやって書けばいいのか。
 多くの子どもたちは、途方にくれる。

 夏休み前に書き方を指導している教師は、極めて少ない。
 かくして、9月頭に提出される感想文は、どれも、あら筋オンパレード。
 いや、「あら筋」さえも書けていない。
 多くは、「抜き出し」である。

 まあ、「印象に残った部分を書き写してきなさい」という宿題だったのなら
ば、それでもよかろう。
 むしろ、その方が、やることがはっきりしていて、いい。
 ところが、教師は「感想文」を求める。
 しかも、「コンクールがあるからがんばれ」などと、形だけの激励をする。
 所詮、無理な話である。

 オーソドックスな「読書感想文」は、粗く言って次の2つで書くものだ。
 1……作品の紹介
 2……体験に基づく感想

 感動した場面やセリフを紹介し、なぜ感動したのかについて、自分の過去の
体験と結びつけて書く。
 しかし、たったこれだけのことさえも、教師は、夏休み前に説明しない。
 それで書けというのだから、子ども(と親)が困るのも無理はない。
「感想文の書き方」の本が売れるのも、当然である。

【参照ナンバー:第20号 作文指導法を考える
             ~ 一文字も書けない子をどう指導するか ~】
      → 第20号は現在公開していません。小冊子化をお楽しみに。

新しい「読書感想文」について 参照 メルマガログ 連ツイログ


――――■こんなものは要らない!■――――――――――――――――――

【9:夏休みの自由研究】

 読書感想文といえば、自由研究もセットである。
 これも、指導がない。
 指導せず、「自由」にする。

 しかも、子ども(と親)たちが苦労して創り上げてきた作品を、教師はどこ
までちゃんと見ているのか。
 9月頭、教室での作品発表会で、子どもに「苦労した点」なんかを発表させ
ておいて、それに対してなんのコメントも書いてあげない教師もいる。
 それどころか、あとで保護者から、「うちの子の作品、結構苦労したんです
よ……」と話を聞かされて、「えっと、何の作品でしたっけ……」なんて言っ
ている教師もいる。

 私は、子どもたちが夏の暑い最中にがんばっている姿を思い浮かべながら、
1人1人の作品にコメントを書き、○○賞なども設定して、評価した。
 それらのコメントがすべて書けた段階で、初めて廊下に展示した。
 そのくらいは、最低限のことだ。これくらいできないのなら、自由研究なん
て最初から課してはならない。

 ちなみに私の場合、たった2日間で展示の準備が終わる。
 つまり、子どもたちが作品を持ってきたのが9月1日なら、9月3日には、
子どもの「工夫・苦労した点」のメモと、教師の「コメント」つきで廊下に展
示されている、というわけである。

 すべてのコメントは、子どもが発表するのを聞きながら、その授業中に書き
終えた。(超速で考え、超速でノートパソコンに入力した。それをあとで出力
し、カードにするだけ。だから、放課後に無駄な時間を取られることはほとん
どなかった)
 また、すべての作品を写真におさめ、あとあとの様々な指導場面で役立てら
れるように、保存しておいた。


――――■こんなものは要らない!■――――――――――――――――――

【10:宿題や居残り勉強】

A……毎日宿題をたくさん出し、毎日のように居残りをさせる教師
B……宿題はほとんど出さず、授業中にすべての指導を終える教師

 どちらが、優れているのか。
 どちらが、本当に子どもの学力向上を考えている教師なのか。

 これについては、考え方が分かれるところだろう。
 教師でも、親でも。

 しかし、私は断然、Bが優れていると思う。
 詳しい理由は、バックナンバーをご覧いただきたい。

【参照ナンバー:第7号 宿題は、出すべきか? 出さざるべきか?】
http://www16.ocn.ne.jp/~wildcard/06-mysite-merumaga-abunai-bn-2_E.html


――――■こんなものは要らない!■――――――――――――――――――

【11:書写展】

 校内書写展。区内の学校書写展。市内の学校全体から選ばれた書写展。
 いろいろある。
 しかしどれをとっても、そこに出品できる子は極めて限られている。
 初めから毛筆が得意な子。
 要するに、金を払って書写を習っている子。

 地域の書道教室で毎週2時間ほども個別指導を受けている子が、きれいに書
けるのは当たり前である。
 そのような子の作品をずらっと並べて展示することに、どれだけの価値があ
るのだろうか。
 学校の授業で上達した子の作品を展示するのなら、意味があるけれども。

 しかし、学校での書写の時間は極めて少ない。
 授業での上達など、無理な話だ。
 学習指導要領では、3年生以上は年間30時間程度を毛筆に充てよ、とされ
ている。
 つまり、週に1時間程度。
 しかし、それを十分に行っている教師は、少ないはずである。

 数々のイベントに授業時間を奪われ、通常の漢字指導でさえ時間が足りない
のに、毛筆にまで時間をかけていられない、というのが実状だ。
(おまけに、毛筆は準備や片付けに時間がかかる。他の授業にまで食い込むこ
 と必至である)

 そんな中で、子どもたちの毛筆技能が上がるはずがない。
 いやもちろん、これとて教師の技量次第ではあるが、なかなか思うようには
いかないものだ。

 このような実状を無視して、次々と行われる書写展。
 なくすのが無理なら、せめて、減らしてほしい。
 まあ、「地域で書写を習っている子の作品展示会」という実態を許容するの
なら、やってもいいけれど。

――――■こんなものは要らない!■――――――――――――――――――

【12:有害無益な表彰】

 朝会などで、こんなものが表彰されることがある。

「1週間、牛乳を1本も残さなかったクラス」

 牛乳を飲むのは、健康によい。
 しかし、1週間で1本も残さないのは、健康に悪い。
 なぜなら、それは多くの場合、無理やり飲まされているはずだからだ。
 叱ったり、怒鳴ったり、飲み終わるまで席を立たせなかったりして。
 こうなると、体罰の領域である。

 牛乳が苦手な子は、クラスに数人必ずいる。
 牛乳が1週間で1本も残らないクラスなんて、めったにない。
 そして、飲み残しの牛乳を入れるバケツに1滴も牛乳が残らないクラスなん
て、ほぼありえない。


「たくさん本を読んだクラス」

 これも、あまり意味が無い。
 クラス単位だからダメなのだ。
 個人を表彰するならいい。

 たくさん本を読んだのは、「クラス」ではなく、「○○さん」である。
 それを無視して表彰するのは、クラスのためにもならず、○○さんにとって
もあまり嬉しくない。
 こんな表彰は、やめるべきだ。

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