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       No.26  2006/9/27  著者:福嶋隆史

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  No.26 教師の力量が現れる「日常場面」“TOP10”(後編)

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 突然だが、バレーボール日本代表の柳本監督をご存知だろうか。
 賛否両論分かれるところだろうが、少なくとも私は、あのようないわゆる
「スパルタ式」の指導方法が嫌いである。あれでは、人は育たない。
 いや確かに、その強烈な言葉の数々が、いろいろな意味で選手の闘志をかき
たてるから、ある程度までは伸びる。
 しかし、ある一定ラインで止まってしまう。
 それは、「ほめる」ということをしないからだ。

 リーダーの仕事とはすなわち、ほめることである。
 学級の統率者である教師の仕事は、ほめることに尽きると言ってもいい。

「なにを言い古されたことを……そんなことは、わかっている」
 そうお思いになった読者の方もいらっしゃるだろう。
 だが、ほめ方の下手な教師は山ほどいる。
 いや、「上手・下手」以前に、ほめることを一切しない教師もいる。
 かなりいる。
 柳本氏のようなやり方に触発されて真似する教師も、結構いる。

 私の実感では、ほめるという行為が自然に出てくる教師は、3割程度。
 1つの学校に教師が20人いるとして、そのうちせいぜい6人。
 中でも、ほめる「方法」をちゃんと持っている教師は、2〜3人だろう。

 かくいう私も、学校では、なかなか子どもをほめることができなかった。
 いや、もちろん、その“2〜3人”に入っている自信はある。
 が、それでも、まだまだ不足していたと思う。
 今回は、それなりに自己反省しながら書くつもりである。
 いちいち反省文を挿入したりはしないけれど。

 今回は、「ほめ方の方法論(具体的なほめ方)」が中心である。
 例によって、教師の方々にとっては厳しい内容になるかと思う。
(毎回毎回、読者登録を解除されるのを覚悟しながら書いている)

 一方、子を持つ親の方々には、わが子のクラス担任に対するチェックリスト
として活用していただいてもよいし、あるいはわが子への対応の仕方として直
接活用していただいてもよいと思う。

 なお、普通に考えると「2位→1位」の順に書くべきだが、ここでは順序を
変えて、主眼である「1位…ほめ方」を先に書こうと思う。


------★第1位…ほめ方★---------------------------------------

【福嶋が考える“ほめ方”の基本 10か条+α】(禁無断転載)

●前提1:(ほめる以前に)小さなことに感動できる心を持っているか。
●前提2:(ほめる以前に)子どもとの感情交流を自然にできているか。
●1条:表情豊かにほめているか。
●2条:小さなことも見逃さずにほめているか。
●3条:即刻、すぐにほめているか。
●4条:具体的にほめているか。
●5条:数値を入れてほめているか。
●6条:才能を発見してほめているか。
●7条:努力や成長を発見してほめているか。
●8条:言葉以外の有形物を使ってほめているか。
●9条:その子の性格に合わせたほめかたをしているか。
●10条:保護者にも伝えているか。

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●前提1:(ほめる以前に)小さなことに感動できる心を持っているか。

 野に咲く一輪の花に感動せよ、などという美談を要求しているのではない。
 もっとくだらないことでいいのだ。

 ある子が教科書を開いたら、たまたま今日やるページだったとする。
「先生、すごいよ、今ね、ちょうどそのページだったよ」
「ほんと?! そりゃあすごいね〜。かなりラッキーだね!」
 こんな言葉が自然と出てきて、自然と目が丸くなっちゃうような人が、教師
に向いている。

 “感動”までいかなくてもいい。面白がることができればいい。
 ある子の消しゴムが机から落ちて、奇妙な転がり方で跳ねていったとする。
「あ、先生! 今、なんか変な転がり方だったよ、見てた?」
「そうそう! 今先生も驚いて見てたんだよ〜! なんかさ、生きてるみたい
 だったね〜!」

 要するに、子どもの目線で、小さなくだらないことも楽しめるような人が、
教師に向いているのである。
 そういう教師は、2条に示すような「小さな事実」にもすぐに気づくことが
できるはずだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――
●前提2:(ほめる以前に)子どもとの感情交流を自然にできているか。

「あ、○○さん、ちょっとそこの黒板消し取って」
「はい先生、これ」
「はい、ありがとう」

 この「ありがとう」が、自然に出てくるかどうか。
 黒板消しくらい子どもに取らせるのが当たり前、教師は偉いんだ、などと
思っていると、出てこない。


「先生…それ、わたしの教科書です」
「あ、ごめんごめん、気がつかなかった」

 子どもの机で個別指導をしたあとなど、教師の教科書と子どもの教科書が入
れ替わってしまうことがある。気づかずに、子どもの教科書を持っていこうと
してしまったとき……自然と「ごめんごめん」が出てくるかどうか。

 要するに、感謝したり、あやまったり、……そんな普通の感情交流を日常的
にできていることこそが、ほめるための大切な前提条件である。
 感情交流がないのに「ほめる」行為だけを行おうとすると、不自然な行為に
なる。
 子どもは、ほめ言葉の裏の白々しさを、すぐに見破るだろう。

――――――――――――――――――――――――――――――――
●1条:表情豊かにほめているか。

 終始笑っているのがよいわけではない。
 いつもいつも笑っているなんて、不自然だ。

 笑うというよりも、むしろ「驚く」ことが肝心だ。
 「驚きの表情」が豊かな教師は、子どもに好かれる。

 さっきまで晴れ渡っていたのに、突然雨が降ってきたら……
「あれっ?? さっきまで晴れてたよね?? こりゃあおどろいた!」

 こんな風に表情豊かな教師には、多くの子が共感を寄せてくれる。
 同様に、ほめるときも表情豊かでなくてはならない。

 いつも宿題を忘れる子が、ちゃんと持ってきていたら……
「おっ?!」と、目を丸くして…最後は笑顔で「えらいね!」

 ある子が、難しい問題を一番に解いたら……
「すごい! さすが!! 正解第1号!!!」
 こんなときは、まるで自分が正解したかのような、満足げな表情で。
(私はこういう場面で、嬉しくて涙がにじむことが多かった……)

――――――――――――――――――――――――――――――――
●2条:小さなことも見逃さずにほめているか。

 鉛筆の芯をちゃんと削ってある。
 ふでばこの中の鉛筆が、長い順に並べてある。
 雑巾をちゃんと絞って、きれいに干してある。
 体操着のすそをちゃんとズボンに入れている。
 下駄箱の靴をきれいにそろえて入れてある。
 立ち上がった後、すぐに椅子を机に入れている。
 音読のとき、教科書を両手で持っている。
 線を引くとき、いつも定規を使っている。
 「答えは46です」のように、「です」をつけて発表している。
 手を洗うとき、指の間まで丁寧に洗っている。
 隣の友だちが落とした鉛筆を、すぐに拾ってあげている。
 落ちているゴミを、何気なくゴミ箱に入れている。

 …こんなことのひとつひとつを、見逃さずにほめてあげる。
 これができる教師は、ほめ上手だと言えるだろう。
 子どもをよく見ていないと、できない行為である。

 ちなみに……
「高学年の子はこんな小さなことでほめられたって嬉しくないはずだ」とお思
いだろうか。
 いやいや。とんでもない。
 十分喜ぶ。嘘だと思うなら、試してみるといい。
 子どもというのは、そのくらい、「ほめられたい」「みとめられたい」と
思っているのである。
(大人だって、同じだ)

――――――――――――――――――――――――――――――――
●3条:即刻、すぐにほめているか。

 ほめるという行為は、即時性が大事である。
「きみ、おとといの国語の時間、教科書をちゃんと両手で持ってたよね」
なんて言われても、嬉しくない。

 気がついたらその場ですぐにほめてあげるのが原則だ。
 短くていい。
 す・ぐ・に、ほめるのだ。
「あ、えらい。○○さん、教科書ちゃんと両手で持ってるね」
 これだけでいい。

 ちなみに、「名前を入れてほめる」というのも、大切なことである。

――――――――――――――――――――――――――――――――
●4条:具体的にほめているか。

 漠然としたほめ方では、ほめられた感動が薄れる。
「おお〜、○○くん、えらいねえ」
 これだけじゃだめだ。

「おお〜、○○くん、えらいねえ。
 先生が言ったとおり、ちゃんと(式)(計算)(答え)の3点セットをきっ
 ちりと書いてある。しかも、解答の下に線が引いてあるから、分かりやす
 い。単位もちゃんと書いてある。こういうノートは、コピーしてほかの先生
 たちにも見せてあげたいな」

 このくらい具体的にほめる。
 そうすると、他の子は、自分もそうしようと思うようになる。
 ほめるという行為には、周囲の子どもたちに行動の指標を与えるという目的
もあるのだ。

 ちなみに、「こういうノートは、コピーしてほかの先生たちにも見せてあげ
たいな」というような、様々なほめ言葉のバリエーションを持っておくこと
も、欠かせない。

――――――――――――――――――――――――――――――――
●5条:数値を入れてほめているか。

 ほめるときには、数値を入れるといい。
 いつも必要というわけではないが、私は多くの場合に入れている。

「計算問題、10問中10問全部できた人?」→「すばらしい!」
「1問間違っちゃった人?」→「惜しいねえ。あとちょっとだったね」
 惜しかったね、というのは“激励”だが、これも“ほめ言葉”のうちだ。

 数値の入れ方は、ほかにもいろいろある。

「今日習ったところ、ちゃんとわかりましたか」
なんて聞くのではなく、
「今日勉強したところ、だいたい、どのくらいわかりましたか?
 10%くらいの人? …なるほど。あとでもう1回教えてあげるね。
  ………
 40%くらいの人? …そうか〜。次がんばろう。
  ………
 80%? ……すごいね、よくがんばったね。
 90%? ……テストもその調子でね。
 100%は? ……天才だね!」
などと聞けば、ほめながら、理解度をある程度チェックすることもできる。
 さらに、自己評価を促すことにもなる。
(本当に授業が分からなかった子は、手を挙げないので要注意。そういう子へ
の配慮として、このようなチェックはテンポ良く、さりげなく行うようにす
る。他の子に気づかれないように)

 数値による評定については、メルマガ【子どもの[知力]を高める100の
方法】でも多数取り上げているので、ぜひそちらをごらんいただきたい。
http://www.mag2.com/m/0000193452.html

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●6条:才能を発見してほめているか。

 子どもには、隠された才能がたくさんある。
 それを引き出す(educateする)のが、教育(education)である。

 私が以前教えた子の中に、テストなどの成績は今ひとつだし、表情もあまり
パッとしない子がいた。
 だが、その子に「視写」をさせてみた直後から、見方が変わった。
 クラスでも1〜2位を争うくらいに速く書き終え、しかも丁寧に成し遂げた
のだ。
 その子は、今後必ず学力が伸びると私は確信し、即刻ほめた。

「○○さん、すばらしい。
 3年生で、10分間に240文字書き写せるなんて、すごいよ。
 5〜6年生レベルだ。しかも、文字が丁寧。
 すごい集中力。立派だね!」

 教師のそんなほめ言葉を聞いて、他の子もきっと、その子に対する見方を変
えたことだろう。


 一方で、「隠されていない才能」もある。
 つまり、誰が見ても明らかに才能がある子。
 スポーツ万能、漢字の書き取りや計算力も抜群、発言もハキハキ……
 そんな、「天に二物(以上)を与えられた」子が、どのクラスにも1人は居
る。

 私は、そういう子を、素直に、ほめる。
 たくさんほめる。
 当たり前のことだ。
 
 ところが、「そういう天賦の才はほめないほうがいい」と主張する教師がい
る。
 私は、とんでもない、と思う。
 確かに、次の7条に示すように、もともとの「才能」よりも「努力や成長」
をほめることこそが最重要だが、だからといって天賦の才を無視せよというの
はおかしい。

 そのようなことを主張する教師は、こんなふうに言う。
 たとえば、道徳の時間。
「お友だちの『よいところ』をできるだけたくさん見つけて、紙に書いてその
 お友だちに渡してあげましょう。あ、ただし! サッカーが上手、とか、折
 り紙が得意とか、そういうことは書いちゃだめですからね」

 なぜ? なぜダメなの?
 それだって、友だちの「よいところ」じゃないか。
 そういう部分から友だちに尊敬の念を抱くことが、なぜいけないのか。
 まあ、教師の言いたいことは分かる。
 「やさしさ」だとか、そういう性格的なことを書けってことだろう。
 しかし、「サッカー上手って書いちゃダメ」なんて、おかしい。
 良いことは良い。優れていることは優れている。
 素直にほめればいいと思う。

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●7条:努力や成長を発見してほめているか。

 無論、そのような天賦の才がほとんど見当たらない子もいる。
 そういう子でも、ちゃんと努力はしている。
 成長もしている。
 ほんのわずかなわずかな努力。
 かすかなかすかな成長。
 それを認めて(見止めて)あげることができるのが、プロ教師である。

 漢字のテストができなくて、宿題もあまりやってこなくて、忘れ物も多く
て……そういう子。
 でも、きのうはちょっとだけ…1文字だけだけど、ノートに漢字を3回練習
してきたと言う。
 その子が、恥ずかし気な表情でノートを持ってきた。
 だったら、その子のそのノートに大きな花マルをつけてあげよう。
「えらいねえ! きみならいつか必ずやってくると思ってたんだよ。
 じゃあ明日は、2文字に増やしてみようか?」
などと言いながら。
(その結果、翌日には5文字くらいやってくるのが、子どもというものであ
る。誰しも、「見止めて」欲しいのだ)


 声が小さくて、発言が聞こえない子……
 そういう子が、いつもよりもちょっとだけ大きな声を出した……ような気が
した……
 そんなときにも、すぐにほめよう。
「お……今日は、よく聞こえたよ。その調子」

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●8条:言葉以外の有形物を使ってほめているか。

 ほめる道具というのは、言葉だけではない。
 私はいつも、教室の自分の机の引き出しに、いろいろな大きさの賞状を入れ
ていた。
 画用紙で作った簡素なものではなく、文房具屋で購入した、金ピカの枠がつ
いた賞状だ。
 それでも自己投資額はさほどではない。数百円だ。
 金ピカの方が、白黒印刷機で画用紙に刷った賞状よりは、ありがたみがある
だろう。

 授業でも、そうでなくても、なにかすばらしい成果を残した子がいたら、即
座に賞状を書いてあげた。
 あるいは、あとで賞状をあげるね、と約束しておいて、翌日までに書いてあ
げた。
 たいていの賞状は、全員の前で発表して手渡した。

 あまり頻度が多くてもありがたみが減るが、私は週に1回ほどは賞状を子ど
もたちにあげていた。
 子どもたちは、宝物のようにそれを持って帰った。
 それを見て、保護者も、喜んだことだろう。

 ちなみに、シールやハンコなども、有形物のひとつと言えるだろう。

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●9条:その子の性格に合わせたほめかたをしているか。

 ここまで、ほめるという行為の価値を語ってきたが、ほめられることが苦に
なる子もいるということを忘れてはならない。
 いわゆる「良い子」は、ほめ言葉に過剰に反応し、期待に応えようとしすぎ
て硬くなってしまうことがある。

 また、「全員の前でほめる」べきか、「こっそり呼んでほめてあげる」べき
か、その子の性格をもとにして選択する必要もある。
 普通は、クラス全員の前でほめられたらこの上なく嬉しいものだ。
 しかし、とにかく恥ずかしがり屋で、ほめられるにしても全員の前ではいや
だ…という子もいる。

 そういう子には、他人が見てないときを見計らって、小声で(ただし目を見
ながら)こっそりほめてあげればいい。
 休み時間などにこっそり呼んでほめてもいいだろう。

――――――――――――――――――――――――――――――――
●10条:保護者にも伝えているか。

 子どもの大半は、ほめられたことを親にも伝える。
 とにかく嬉しいから。
 しかし、半数の親は、わが子の言葉をあまり信じない。
「今日先生にほめられたんだよ」と子どもが照れながら報告しても、
「あらそう……でも、やっぱり叱られた数の方が多いんでしょ」とか、
「たまにはほめてくれることもあるんじゃない」などと言って、まじめに取り
合わない親が多い。

 一方で、先生に力強くほめられたにも関わらず、それを親に伝えない子も意
外と多い。賞状をもらっても、学校におきっぱなしにしてしまう子もいる。

 教師が、せっかく子どもの良いところを発見しているのに、それが親に伝わ
らないのは残念なことだ。
 だから教師は、保護者面談のときにちゃんとそれを伝えなければならない。
「実はですね、○○さんが、この前とてもいいことをしたので、全員の前でほ
 めたんですよ」
「賞状、ごらんになりましたか? まだごらんになっていませんか? 実は、
 国語の授業で、こんなことがあったんですよ」

 私は、保護者面談でこのようなことをたくさん話した。
 そのたびに、多くの保護者が、涙目になりながらその話を聞いてくれた。
 わが子のよいところを発見してもらえるということの嬉しさは、親としてこ
れほどまでのことなのか、と、私ももらい泣きをしてしまったことがある。


------★第2位…叱り方★---------------------------------------

 「ほめ方」がだいぶ長くなってしまったので、叱り方については、下記のご
紹介のみでご容赦いただきたい。

 私が書いている別のメルマガ
【子どもの[知力]を高める100の方法】の第7号
「善か悪かに二極化する」の中に、叱り方の基本が書かれている。
 ぜひお読みいただきたい。(ページ下部へ転載)

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 以上、日常場面“TOP10”いかがだったろうか。
 今回は、ちょっと方法論が多くなり、学校現場の「危ない」現状を提示する
ことが少なくなってしまったかもしれない。
 しかし、これらの「ほめ方、叱り方」が実行されれば、子どもたちが変わっ
てくる。
 そしてそれが、とりもなおさず学校全体を変えることにつながるのである。

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    「善か悪か」に二極化する

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「どうしてぶったの?! アキラくん、理由を言いなさい!」

 教師も親も、このように言います。
 子どもが、友だちや兄弟をたたいたりぶったりすることはよくありますが、
そんなとき、喧嘩の仲裁に入った大人は、決まって「理由」を聞こうとしま
す。

 今回は、アキラがケンタをゲンコツでぶったのですが……

 理由を聞かれたアキラは、こう言いました。
「だって、ケンタくんがぼくの消しゴム取ったんだもん!」

「消しゴム取られたぐらいで、ぶったりしちゃだめでしょ!」
 大人は、次にケンタに言います。
「ケンタくん、どうして消しゴム取ったりしたの?」(また「理由」です)
「だって、先にアキラくんが、バカとか言ってきたんだもん! ぼくは何もし
 てないのに」
 それを聞いていたアキラが言い返します。
「うそつき! 何もしてなくなんかないよ! お前だって、アキラはあっちに
 行け、とか言っただろ!」 

 こうして、トラブルはさらに悪化していきます。
 それを収拾できない大人も、だんだんイライラしてきます。

**********

 さて、何がいけないのでしょうか。

 そう、先に「理由を聞こうとする」からいけないのです。

 大人がまずすべきことは、「子どもに善悪の判断基準を与える」ことです。
 どんな理由があったにせよ、アキラがケンタをゲンコツでぶったことは、悪
いことです。
 ですからこのケースでは、このように言えばいいのです。

「アキラくんは今、ケンタくんをぶったんだね?」
 まずは事実を確認します。
 アキラはうなずきました。
 ここからです。

「アキラくん、君がしたことは、いいことか悪いことか、どっちだと思う?」
 二極化して、選択させます。
 このように聞くと、多くの子は言い訳を始めます。
「…だって、ケンタがぼくの消しゴムを……」
 それを制して、再度言います。
「もう一度聞くよ。きみがしたことは、いいことか悪いことか。どちらかで答
 えなさい」

 すると、子どもは小さな声で答えます。
「…悪いこと」
 そう答えるしかないのです。
 だって、どんな理由があるにせよ、ゲンコツでぶったこと自体は、悪いに決
まっているのですから。

 その言葉を聞いたら、こう続けます。
「悪いことだと思うんだね? じゃあ、まずケンタに謝りなさい。理由はあと
 で聞くから」
 だいたい8割の子は、ここで謝ります。
「ごめんね」
 謝ってもらえたら、たいていの子はすぐに受け入れるはずです。
「いいよ」

 これで、基本的に解決です。
 子どもの喧嘩の理由は、ほとんどが些細なことですから、これでスッキリ解
決して5分後には仲直りしてまた遊び始めるような子が、ほとんどです。
 そういう場合は、あとで理由を確認する必要もありません。

 ただし、不穏な空気が漂うこともあります。
 どうしても理由を話したい子もいます。
 また、「実は、ぶった子よりもぶたれた子に大きな非がある」というケース
もあります。
 そして、喧嘩で怪我をしたときなど、ちゃんと理由を聞いておく必要がある
こともあります。

 そのような場合は、子どもが「悪いこと」と答えたあとで、理由を聞けばよ
いでしょう。
「自分は悪かった」と告白したあとですから、子どもも心が弱くなっていま
す。
 理由を話しながら、泣いてしまうかもしれません。
 あとは多少時間をかけて、やさしく、双方から事実を聞いてあげればよいと
思います。
(あくまでも、事実を聞くのです。お説教は厳禁です)