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        》》》 小学校教育が危ない! 《《《

        No.7  2006/5/17  著者:福嶋隆史

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     No.7 宿題は、出すべきか? 出さざるべきか?

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<目次>
◆ まえがき
◆ 本論
(1)結論! 宿題出すべからず!
(2)教師が出す宿題には3つある
(3)保護者はどう思っているのか?
(4)私が「宿題出すべからず」と考える本当の理由
◆ あとがき
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◆ まえがき

 今日も、私立小学校の女の子が、本を夢中になって読みながら歩いていた。
 車内でも、夢中で本を読む女子に遭遇。
 手に持っているのは、ハリーポッターよ・り・も、分厚い本。
 もちろん、漫画じゃない。
 文字がぎっしりの本だ。

 本に夢中の私立小学校の子。
 私は、これまで何人も見かけたことがある。

 これは……どういうことだ?
 読書が宿題なのか?
 たとえ宿題であったにしても、あそこまで熱心に読むか?
 しかも、すらすら読んでいる(ように見える)。

 少なくとも、この子たちにとって、「学校以外でも本を読む」「学校以外で
も勉強する」ということは、当たり前のことなのだろう。(別に私立小学校を
持ち上げるわけじゃないが)
 宿題であろうとなかろうと、家庭で(あるいは車内で)勉強することが「習
慣」になっているに違いない。

 このような「家庭学習の習慣」がついている子にとっては、宿題はむしろ楽
しみでさえあるのかも知れない。
「勉強って楽しいね」
 そんな声が聞こえてきそうだ。

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◆ 本論

(1)結論! 宿題出すべからず!

 宿題を出すべきか、出さざるべきか。
 結論から言って、私は「宿題なんて出さなくていい」と思っている。

 もし出すのなら、「家庭学習の習慣づけ」だけを目的にせよ、と言いたい。
 冒頭の例のように、抵抗無く教科書や本を開ける子を育てること。
 そのためだけならば、宿題は価値がある。

 2002年1月に文部科学省が出した「学びのすすめ」を御存知だろうか?
 宿題の奨励?などを含む5項目だ。
 私は当時、「うさんくさい話だ、文部科学省が言うことか?」と思ったが、
以下の文面はまあまあ納得できる。

……………文部科学省HPより抜粋……………………………………
[4 学びの機会を充実し、学ぶ習慣を身に付ける]
 (前略)適切な宿題や課題など家庭における学習の充実を図る
 ことにより、子どもたちが学ぶ習慣を身に付ける。
……………………………………………………………………………

 要するに、家庭学習の習慣づけのための宿題を奨励しているというわけだ。

 すべての宿題が、それだけを目的にしているなら、「宿題のすすめ」もまあ
よかろう。
 しかし、実態は遠くかけ離れている。 

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(2)教師が出す宿題には3つある

(A)子どもに、家庭学習の習慣をつけるために出す、ちょっとした宿題
(B)本来は教師が授業中に消化させるべき内容を家庭でやらせている宿題
(C)その子の学習到達度が好ましくないため、個別に与えられた宿題

 これらを、「許せる」順番に並べ替えてみていただきたい。
 
**********

 さて、できただろうか。
 これは必ずしも正解があるわけではないが、私ならACBと並べる。

(A)子どもに、家庭学習の習慣をつけるために出す、ちょっとした宿題

 実は私は、これもあまり好きじゃない。
 さっき(1)で書いたことと矛盾するようだが。
 だって、「家庭」学習じゃないか。
 家庭内のことに、学校教師があれこれ口出しするのは、本来はおかしいと思
う。
 家庭内の事情は、人によって様々だ。
 勉強どころじゃない、生き抜くので精一杯だ、という家庭だってある。
 公立学校には、多種多様な家庭の子どもが集まっているのだ。
 そういう家庭に対して、「家庭でもお勉強の習慣をつけましょう」なんて、
余計なお世話。
「ほっといてくれ」というのが正直なところだろう。
 ……とはいえ、まあ、先に書いたとおり、これが一番許せる選択肢だ。


(C)その子の学習到達度が好ましくないため、個別に与えられた宿題

 これも、本来なら教師が授業中に力をつけてあげなければいけないのだ。
 掛け算九九ができない6年生がいても、それは結局、九九を教える2年生の
教師(あるいはそれ以降の教師)の指導が行き届かなかった結果ではないか。
 とはいえ、私にも達成できなかったことがたくさんあるので、強くは言えな
い。
「明日までに七の段を20回唱えてきなさい。明日の朝、すぐテストするよ」
 こういう宿題を、九九が苦手な子だけに個別に出すのは、やむをえない場合
もあろう。


(B)本来は教師が授業中に消化させるべき内容を家庭でやらせている宿題

 一番の問題は、これである。
 私は、この手の宿題を出したことはほとんどない。

 一般的に、この手の宿題でもっとも多いのは、漢字と計算だ。

 確かに、漢字には反復練習が欠かせない。
 だから、「家庭で練習しなさい」と宿題を出す。
 それはそれで理にかなっているように思える。
 まあ、授業でちゃんと教えた上で、しかも授業中に練習時間を確保した上で
の指示なら、それも許せる。

 しかし、私が見てきた多くの教師は、授業中にまともに漢字指導をしていな
い。
 ドリルを4月に与えて、「あとは1年間、各自の自主性に任せ、自分のペー
スでやらせます」とかいう教師すらいた。(出ました美辞麗句「自主性」)
 筆順は? 成り立ちは? 熟語は? 同音異字、同訓異字は? 「はね」や
「はらい」は?
 何も教えず、宿題にする。

 まあ、そこまでひどい教師は少ないとは思うが、それでも、漢字の書き取り
を大量に宿題にする教師が多すぎる。
 なんのための授業時間なのか?
 授業中に反復練習させる時間をたっぷり取ればいいじゃないか。
 私は、そのようにしてきた。
 授業参観(国語)では、漢字指導の場面を必ず10分程度、保護者にお見せ
した。
 ちゃんと学校で教えていますよ、と伝えるためだ。

 計算では、授業の残りを宿題にするパターンが目立つ。
 算数の教科書には、「第○章のまとめ」などとして、必ず復習問題のページ
がある。
 これ、授業でまともに扱うと、結構時間がかかるのだ。
 それを横着して、
「あら、チャイムなっちゃったわね。あとは宿題ね。まとめなんだから、自分
 の力で出来るでしょ」
などとやる教師が非常に多い。

***********

「福嶋は、教師を攻め立てるばかりじゃないか」
「ほかにも原因があるはずだ」
 そんな声も聞こえる。
 そう。この問題は、個々の教師のやり方だけに原因があるわけではない。
 漢字や計算に充てるはずの時間を、次々奪われてしまうところに原因があ
る。
 時間を奪う「犯人」のボスは、「多すぎるイベント(行事)」である。
 つまり学校全体の問題なのだ。
 しかしその詳細は、また別の号で書くことにする。

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(3)保護者はどう思っているのか?

 先の(A)~(C)には入れなかったが、実は選択肢(D)も用意していた。

(D)本当は出したくないけど、多くの保護者に頼まれて仕方なく出す宿題

「もっと宿題を出してください、先生。うちの子は、わたしが勉強しろといっ
 ても言うことを聞かないんですよ。だから、先生の強制力でなんとかしてく
 ださい」

 こういう保護者、かなり多かった。
 私は、(4)に示す理由(後述)を話し、「宿題は出さないことにしている
んです」と伝えた。
 しかしそれでも出してほしいと懇願され、結局、希望する子に対しては個別
に出すことにした。(いや、正確には「希望する親」の子に対して、だが)

 誤解を恐れずに書くが、はっきり言って、こういう親は「怠慢」なのだ。
「私がいっても聞かないから先生なんとかしてくれ」だって?
 そんな理由って、ありか?
 その子は誰の子だ? いったい。
 私の子か? 否、あなたの子だろう!

「先生、どういうふうに声をかければ、うちの子は勉強するようになるんで
 しょうか。その方法を教えてください」
 …こういう要望なら、喜んでお答えするが。
 それを、「強制してくれ」だなんて。
 はやりの言葉で言えば、「親力」無し、だ。
 「親業」失格だ。

 余談だが、本屋の参考書コーナーには今日も、「教育熱心」なママさんたち
がたくさん居た。
 早くそこどいてよ、と思うくらい長時間、居座っていた。
 どの参考書や問題集が一番わが子に合っているか吟味しているようだった。
 「先生、強制してください」なんていう親は、そういう努力もしていないに
違いない。

 まあもちろん、実際は、そんな言い方をする親ばかりではない。
 子どもと一緒で、親も千差万別。
 宿題がなくて本当によかったです、という親もいたし(理由はともかく)、
あってもなくてもどっちでもいいですよ、という親もいた。

 結局、家庭学習は親の領域だ。

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(4)私が「宿題出すべからず」と考える本当の理由

 ここまで書かなかったが、「私が宿題を出さないほうがいい」と考える一番
の理由は次の通り。

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「できない子」は、家でやっても結局「できない」まま終わってしまう。
たとえ一生懸命やったとしても、「間違った漢字」「間違った計算方法」
をインプットしてくる結果になり、逆効果だから。
(一方「できる子」には、始めから宿題を出す必要性がない)
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 私は、漢字の指導方法をかなり勉強した。
 いくつものセミナーに参加し、いくつもの専門書を読んだ。
 教師サークルでも勉強した。ベテランの先輩教師にも教わった。
 いくつもの方法を実践した。
 そういう私が指導してもなお、漢字を定着させるのには苦労するのだ。

 それなのに、家で1人きりでやらせたって、できるようになるはずがない。
 でも、やらないと先生やお母さんに叱られる。
 で、結局、「ええい、てきとうにやっちゃえ!」という「やっつけ仕事」で
片付けるから、滅茶苦茶な漢字を何十個も書きなぐって、間違った字をイン
プットして「提出」する。

 「やっつけ」じゃなく丁寧にやる子でも、同じだ。
 たとえば、「筆」とか「達」なんて字は、横線を一本少なく(多く)書くこ
とが多い。
「農業」なんて字も、間違いが多い。
 そういう字を、とってもとっても丁寧に、何十回も書いてくるんだけど、
ぜ~~んぶ、間違っている。
 あちゃ~~!! (>_<);
 これじゃ、何のための宿題だったのかわからない。
 一度間違ったものをインプットしてしまうと、それを消し去り正しいものを
インプットするのは大変なのだ。数倍苦労する。

 計算も同様だ。
 2桁×2桁の筆算の仕方を、まだよく理解していない子がいた。
 でも、「家で自分でやってきたよ、先生」というのだ。
 えらいえらい。
 と、笑顔でほめながらも、内心ため息。
 全部、やり方が違っていた。
 …そういうこともあった。

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◆ あとがき

 私は、宿題をほとんど出したことがない。
 その裏の理由には、こういうのもあった。
「大量の宿題を提出させても、全部をチェックするのは無理だから」

 なんだ怠慢じゃないか、って?
 いやいや。違う。

 私は、宿題のチェックをしている時間があったら、それを「授業準備」の時
間に充てたかったのだ。
 学校という場で行う「授業」こそ、教師の仕事だ。
 家庭という場で行う「自習」は、再度書くが、家庭の領域だ。

 ただし私は、家庭に任せっきり、というわけでもなかった。
 たとえば、宿題と言われないのに自分で漢字練習してきた子。
 そういう子の漢字ノートを、
「お母さんにマルしてもらいなさい」
なんて突き帰すことはしなかった。
 私はそういう子をほめたたえ、いつも花マルをつけてノートを返してあげ
た。
(もちろん、間違った字は見逃さず指導した)

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