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        》》》 小学校教育が危ない! 《《《

      No.13  2006/6/28  著者:福嶋隆史

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 No.13 腐敗する「総合学習」(2)そもそも「総合学習」って何?

          ~学習指導要領をもとに考える~

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 注:「総合学習」の正確な呼称は「総合的な学習の時間」である。
   本文中では便宜上、総合あるいは総合学習と表記する。
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<目次>
◆ まえがき ~総合なんてやめてしまえ~
◆ 本論
(1)総合のために犠牲になった授業時間数
(2)学習指導要領を読んだことがあるか
(3)総合学習で最も重要な「授業内容」とは何か
(4)「子ども主導」の美辞麗句を排せ!
(5)教科で身につけた知識・技能があってこそ成り立つのが総合だ
(6)「総合学習」を創った人の言葉
◆ あとがき ~フリースクールを知っているか~
◆ 著者プロフィール
◆ 注
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◆ まえがき

 私は、「総合学習なんてやめてしまえ」と思っている。
 暴論に聞こえるだろうが、誤解を恐れず主張する。

 少なくとも、「お遊び授業」をやっているのなら、やめたほうがいい。
 否、やめなければならない。
 国語科を始めとしたいわゆる「主要教科」ですら成果が上がっていないの
に、「お遊び」をやっている場合ではないのである。

 その「お遊び」ぶりや、総合の「雑用タイム」化については、次号で書こう
と思う。
 今回は、「そもそも総合とは何なのか」について、学習指導要領をもとに考
える。
(かなり長いので、途中でコーヒーでも飲みながらお読み下さい(^_^;))

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◆ 本論

(1)総合のために犠牲になった授業時間数

 まずは、みなさんに問題。

<その1>
総合学習は小学校(3~6年の合計)で何時間実施することになっているか。
-----(あ)90時間 (い)240時間 (う)430時間 -----

<その2>
そのために削られた教科のうち、最も削られた時間数の多い教科を2つ挙げ
よ。

***********

 では、解答編。
 総合学習が導入される前と後で、小学1~6年生の各教科の全授業時間数
(合計)がどう変わったか、比較してみよう。

━━━━表の見方━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
平成 元年告示 学習指導要領……★
平成10年告示 学習指導要領……☆(総合学習導入後)
削減……総合学習導入によって削られた時間数
平均……削られた時間の1学年平均(端数切り上げ)
    (社・理は3~6年生の4学年で計算)
単位:時間(1単位時間=45分)
他の教科も多少削られているが、ここでは4教科のみ表示
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    国語    算数    社会    理科  

★ 1601  1011   420   420

☆ 1377   869   345   350

削減 224   142    75    70
平均  37    23    19    18
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 国語と算数は顕著だ。(←<その2>の答え)
 総合学習の導入にともない、なんと、
 国語は6年間で224時間も授業時間数が減っている。
 算数も6年間で142時間。

 これだけあれば、いったいどれだけのことを授業できるか知れない。
 漢字、作文、読解、計算、図形、文章題……

 これだけの授業を削減し、その分をすべて、総合学習に当てているのであ
る。まず、教師はこの事実を再度、重く受け止めなければならない。

 現在、総合学習は、
 3・4年生にそれぞれ年間105時間を、
 5・6年生にそれぞれ年間110時間を、
実施することになっている。
 全部あわせて、430時間。(<その1>の答えは(う))
 このうち、本当に価値のある授業は、いったいどれほど行われているのか。
 疑わしい限りである。

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(2)学習指導要領を読んだことがあるか

 私は、研究会等(校内校外問わず)に参加するときは、必ずある本を携行し
た。とりわけ総合学習に関する研究会の場合は忘れたことがない。

 それは、学習指導要領である。
 当然ながら、平成元年版と平成10年版、平成15年一部改正版の3冊すべ
てだ。
 全部、私費で購入したもので、必要箇所にラインが引いてある。
(それぞれ、家用と学校用に2冊ずつ購入していた。1冊たったの240円。
 買わない手はない)

 そして、文部科学省のHPから印刷した「改定内容の新旧対照表」も、必ず携
行した。
 その他、中央教育審議会答申本文も、必要に応じ印刷して持ち歩いた。

 こんなことは、公立学校教師として当然の姿勢である。
 しかし、私が知る限り、そのように指導要領を持って研究会に参加している
教師は、非常に少なかった。
 読者諸氏(教師の方)は、いかがだろうか?

 学習指導要領を読まずして総合を語るなかれ。

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(3)総合学習で最も重要な「授業内容」とは何か

 ここで、学習指導要領から抜粋する。

◆――【抜粋その1】――――――――――――――――――――◆
第3 総合的な学習の時間の取扱い

1 総合的な学習の時間においては、各学校は、地域や学校、児童
 の実態に応じて、横断的・総合的な学習や児童の興味・関心等に
 基づく学習など創意工夫を生かした教育活動を行うものとする。

2 総合的な学習の時間においては、次のようなねらいをもって
 指導を行うものとする。
 <(1)・(2)略  (3)はあとで抜粋>

3 各学校においては、1及び2に示す趣旨及びねらいを踏まえ、
 総合的な学習の時間の目標及び内容を定め、たとえば国際理解、
 情報、環境、福祉・健康などの横断的・総合的な課題、児童の興
 味・関心に基づく課題、地域や学校の特色に応じた課題などにつ
 いて、学校の実態に応じた学習活動を行うものとする。
◆―――――――――――――――――――――――――――――◆

 1を読む限りは曖昧で、何を授業すればいいのか、よくわからない。
 だからこそ、お遊び授業が生まれてしまう。

 しかし、3は、そうでもない。
 ためしに音読してみてはどうだろう。
 教師以外の方は2~3回。
 教師の方は、10回。

 はい、どうぞ。

***********

 そうすると、あることに気づく。
 極めて具体的な「指導内容」の例示がなされている、ということに。
 最初に書かれている4つだ。

【たとえば国際理解、情報、環境、福祉・健康など】

 これは、「最重要事項の例示」なのである。

 しかし、多くの学校では、これを半ば無視して、お遊びばっかりやってい
る。
 詳しい現状は次号に回すとして――
 なぜ、最重要事項を無視してお遊びをするのか。
 そして、その事態を肯定する教師が多いのか。

 その最大の原因は、さきほどの抜粋文の中の、
【児童の興味・関心に基づく課題】
 というフレーズにある。
 要するに、「子どもがやりたいこと」だ。
 この危険なフレーズが、総合を腐敗させた大きな要因であることは間違いな
い。

 3年生の、とあるクラスでの総合のテーマは「秋を味わおう」になった。
 教師が言った。
「さあ、みんな。これからね、総合で、秋についてお勉強します。
 どんなことをやりたいですか?」
 Aくん「どんぐりを拾ってやじろべえやコマを作りたい」
 Bさん「木の葉を拾って貼り絵みたいにしたい」
 Cさん「秋の味覚で料理したい。しいたけ、とか」
「ほかには?」……誰も手を挙げない。
「じゃあ、どんぐりグループと、木の葉グループと、料理グループに分けて、
 みんなで活動しましょう。
 これから、3時間かけて、計画を立てますよ」

 とまあ、こんな感じだ(多少極端だが)。
 こんな風にして、子どものやりたい放題やらせる「お遊び」授業が、横行し
ているわけである。

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(4)「子ども主導」の美辞麗句を排せ!

「総合では、子どもがやりたいことを最優先してやらせるべきだ」
「総合の授業は、子どもがつくるのだ」
「総合の授業では、教師は“指導”してはいけない。“支援”するのだ」
「総合では、教師はただ見守っていればいい」

 ……こんなことを当然のように主張する教師が、9割。
 私に言わせれば、全部間違っている。

「総合の授業も、他の授業も、教師が主導して組み立てる」
「総合の授業も、他の授業も、教師は“指導”しなければならない」

 ……これが正しい。

 これは、私が言っているだけか? 違う。
 じゃあ、もっとお偉い教師が言っているのか? 違う。

 学習指導要領に、書・い・て・あ・るのだ。
 もう一度、【抜粋その1】の2を見ていただきたい。
 そこには、「指導を行うものとする」とある。
 「支援」なんて、どこにも書いてない。
(ちなみに、指導要領の全文を読んでも「支援」の語はどこにも書いてない)

 そもそも、学習「指導」要領である。
 学習「支援」要領ではない。

 また、元・文部科学省初等中等教育局視学官である遠藤友麗氏のHPでは、教
師は「指導」を行え、「支援」ではない、と断言されている。
http://www.yamagata-c.ed.jp/zoukei/endo3.htm

 それでもまだ、世間の教師は勘違いしている。
 そこで、平成15年の一部改正で、次のように追記された。

◆――【抜粋その2】――――――――――――――――――――◆
6 総合的な学習の時間の学習活動を行うに当たっては、次の事項
 に配慮するものとする。
(1)(←これが新たに加わった)
 目標及び内容に基づき、児童の学習状況に応じて教師が適切な
 指導を行うこと。
(2)以下、略
◆―――――――――――――――――――――――――――――◆

(1)の最後に注目。
「適切な指導を行うこと」とある。
 文部科学省は、わ・ざ・わ・ざ、この言葉を入れたのだ。
 こんなの、書かなくても「当たり前のこと」ではないか?????
 それでも、書いたのだ。
 あまりにも、指導をしない教師が多いがために。
 あまりにも、お遊び授業が横行するがために。

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(5)教科で身につけた知識・技能があってこそ成り立つのが総合だ

 今回も長くなってきた。
 そろそろ抜粋も最後にしよう。
 これも、15年の一部改正で加えられた部分である。

◆――【抜粋その3】――――――――――――――――――――◆
第3 総合的な学習の時間の取扱い
2(1)(2)略
 (3)(←これが新たに加わった)
 各教科、道徳及び特別活動で身につけた知識や技能等を相互に関
連付け、学習や生活において生かし、それらが総合的に働くように
すること。
◆―――――――――――――――――――――――――――――◆

 文部科学省がわざわざこの(3)を加えた意図は何か。
 それは、
 第1に、教科の知識・技能の重要性そのものを知れ、と言っているのだ。
 第2に、知識・技能がなくてもできちゃうようなお遊びをやめろ、と言って
いるのだ。

 それでも、教師たちはまだ分かっていない。

 ボーゲンができないスキーヤーに、斜面の下から、
「さあ、ここまで滑っておいで! どうやって滑ってきても、自由だよ!
 きみの自主性に任せるよ! 自分で、滑り方をみつけてごらん!」
 と叫ぶがごとき授業ばかりである。
 あるいは、息継ぎができない子どもに「海で1km泳いでごらん」といって
いるような授業。

 ボーゲンという技能も、息継ぎという技能も、教師が教え練習させれば、済
むことである。

(それを指導する技術(教育技術)を持つからこそ、教師が教師足りうる。
 指導という行為をしない教師は、教師ではない。プロではない)

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(6)「総合学習」を創った人の言葉

 以前、中教審専門委員、かつ教育課程審議委員であった山極隆(やまぎわた
かし)氏が、平成11年の帯広市教育研究会において、「新教育課程の目指す
もの」と題して講演した内容が、下記HPに詳しく書かれている。

 山極氏は、総合学習を創った中心人物の1人である。

 氏の話は、「支援」派の教師にはショッキングであろう。
 いや、そうでない教師にも、相当カルチャーショックである。
 だから、心臓の弱い?教師のみなさんは、読まないほうがいい。
 http://www.pure.ne.jp/~kain/yamagiwa.htm

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◆ あとがき ~フリースクールを知っているか~

 念のために書いておく。
 私は、「子どもの自主性を排せ」と言っているのではない。
 「子どもの自主性を優先する」という美辞麗句によりかかり、さぼりまくっ
ている教師の態度を排せ、と言っているのである。
 教師の皆さんは、総合学習の授業準備にいったいどれくらいの時間をかけて
いるだろうか。
 また、どれだけの資料を集め、事前に研究しているだろうか。

 私は、ゴミ問題を発端とする「環境」の授業(全20時間くらい)のため
に、100時間以上かけて準備した。
 区の研究授業だったからというのもあったが、こんなことまでは関係してこ
ないだろう、という内容まで調べあげた。
 ちなみに、学校での指導案検討会などの時間を除いて100時間である。

 何ヶ月も前から準備した。
 集めた資料は、ペーパーだけで電話帳くらいの厚さになった。
 読んだ本を積み重ねれば、さらにうず高くなるだろう。

 そのような教師側の努力をせず、「子どもが作るんですよ、授業は」なんて
言っている教師が多いことが、実に嘆かわしい。

 ここで、再度書く。
 私は、「子どもの自主性を排せ」と言っているのではない。
 子どもが自主的に学ぶ姿勢は、当然重視すべきだ。
 しかし、学校という場は、「積極教育」の場なのである。
 「自然にかえれ」のルソーのように「消極教育」をする場ではない。

 教師の積極的な働きかけがあり、それによって子どものやる気や自主性が生
まれる。
 予想外の子どもの反応をみて、また教師が別の角度から働きかける。
 この繰り返しが、積極教育である。

**********

 もし、本当に、「根っからの自主性」を尊重したい教師は、教師をやめたほ
うがいい。
 そういう方は、たくさんいる。
 悪く言っているのではない。
 方向性の違いがあるのなら、別の道を歩むほうがいいと言っているのだ。

 日本のフリースクールの草分け「東京シューレ」を創設した奥地圭子氏は、
もともと教師だった。
 しかし22年間の勤務ののちに退職。
 不登校の子どもたちのための「自由な居場所」を創った。
 何をしても自由。何をしなくても自由。
 でも、そこにはちゃんと秩序が生まれている。
 中途半端じゃないからだ。とことん自由だからだ。

 私は、王子シューレと大田シューレを訪問し、けん玉をやりに言ったことが
ある。(私は日本けん玉協会指導員もしている(詳しくはHPを))
 また、別の場で、奥地氏との座談会にも参加した。
 さらに、シューレではないが、別のフリースクールで夏のキャンプなどを通
してボランティアもした。
 他にも、複数のフリースクールを見学しに行った。

 フリースクールの多くは、本当の自主性を大切にしている。
(そうでない場所もあるが)

 自主性って、これなのか。
 私は、そう思った。
 子どもの自主性、子どもの主体性。
 いや、「性」なんて言葉は、とったほうがいい。

 子どもの自主(自治)。子どもの主体。
 それが、フリースクールには、根付いていた。
 私は、そういう場を創る人の信念の深さと一貫性を、心から尊敬する。

**********

 それに比べれば、学校でスローガン化されている「自主性」なんて、お笑い
種だ!
 全然、自主的活動になってない。
 やるんなら、もっと「とことん」子どもに自由にやらせてみろ!
 と言いたい。

 でも、学校ってのは、それができる場所じゃない。
 学校は、学習指導要領に基づいたカリキュラムによって、「授業」を行う場
だから。
 積極教育の場だから。
 だから、教師をやる以上は、「指導」が仕事なのだ。
 「支援」に徹したい教師は、教師をやめるしかない。

**********

 次号では、お遊び授業の実態、雑用タイムになってしまっている実態、そし
て私が行ってきた総合学習の授業を、ご紹介する予定である。

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