HPトップ はこちらです。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

        》》》 小学校教育が危ない! 《《《

        No.3  2006/4/19  著者:福嶋隆史

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
----------------------------------------------------------------------
     No.3 「小学校における研修・研究の実態」[2]
            ~大いなる時間の無駄~
----------------------------------------------------------------------

★ 今回は(今回も?)長いです。どうぞ、じっくりお読み下さい。
★ 中身は、決して難しくありません。念のため。

<目次>
◆ まえがき

◆ 本論
(1)やる気のない教師たち
(2)実録――「ある水曜日の午後、研究会にて」
  〔1〕水曜日の憂鬱
  〔2〕「どこもおんなじね」
  〔3〕睡魔との闘い
  〔4〕3時間に及ぶ研究会で何を得たのか
(3)まとめ

◆ あとがき
◆ わかる!”業界用語”解説 → 今回は、長くなったのでお休みです。
◆ 著者プロフィール
◆ 注
______________________________________________________________________

◆ まえがき

 小学校教師ってのは、人がよすぎる。
 毒がなさすぎる。
 そのくせ、陰口が多い。
 職員室でのひそひそ話も多い。
 
 私がこのメルマガで書いているのは、陰口ではない。
「福嶋とかいう男は、現職を辞めておきながら、メルマガで陰口きいて満足し
てんのか?」とお思いだったら、それは違う。

 私は、陰口を言うよりも、面と向かって相手と”闘う”ことを好む人間だ。
 私は、同僚にはもちろん、先輩教師、教頭、あるいは校長にまで面と向かっ
て意見する、「勇気ある」若造だった。
 職員会議でも、研究会でも、私はどんどん発言した(もちろん、礼儀やマ
ナーはわきまえて)。
 あまり前に出るなよ、と言われることもあったが、「福嶋さんのようにみん
なもっと発言すればいいのよ」と言って下さる、心ある管理職もいた。(その
方とも”バトル”したことはあるが)

 でも、メルマガで批判ばかりを書いていると、やっぱりなんとなく自分が悪
者のような気がしてくる。
 批判じゃなくて、もっと読者のみなさんにとって役に立つ情報を発信しよ
う、と思うこともある。
 だから、今度新しくもう1つのメルマガを出すつもりだ。
 題して、「子どもを知的に高める100の方法」(仮)。
 (こちらは、1回の文章をグンと短くして回数を増やす予定)
 お楽しみに。

 でも、このメルマガもやめるつもりはない。
 批判とはもともと、改善のための突破口なのだ。
 そう信じて、今日も書く。

(以上、独り言。)

----------------------------------------------------------------------

◆ 本論

(1)やる気のない教師たち

 研究会での、教師たちのやる気のなさを証明する決まり文句がある。
 次の(    )を、うめていただきたい。

「先生方、何か、ご発言をお願いできませんか。(     )ですから。」

 挙手も発言もなく、会場には咳払いしか聞こえない。
 そんなシーンとした中、司会の教師がこの言葉を言うわけだ。
 どの学校、どの会場、どの研究会でも、なぜか共通してこのセリフが出る。

 ……

 さて、お分かりだろうか。

 そう。答えは、「せっかくですから」である。

 せっかくですから、とは、呆れた言い草だ。
 せっかく時間を割いて研究会に参加してるんですから、何かちょっとくら
い、会を開いた成果らしいものを残しましょうよ、ねえ。
 そんな感じである。

 ところが、せっかくですから、と言われても、まだ大半の教師は挙手しな
い。
 大半の教師たちの頭の中は、「ああ、まだまだやるべき仕事が残っているの
に早く終わらないかな」とか、「このあと何時に帰れるかな」とか、そんな類
のことばかりである。
 そして、司会者に順番に指名されてから、ようやく発言する。
 まるで、つまらない授業を受けさせられている、教室の子どもたちのよう
だ。

 なぜそうなるのか。
 やる気の湧かない研究会だからだ。

 なぜやる気が湧かないのか。
 役に立たないのが分かっているからだ。

----------------------------------------------------------------------

(2)実録――「ある水曜日の午後、研究会にて」

(注)※ 内容は「実録」ですが、        ※
   ※ 登場人物は、実在する人ではありません。※
   ※ 【  】の中は、福嶋の批評です。   ※


〔1〕~~~~~~~~~ 水曜日の憂鬱 ~~~~~~~~~

 11月の、ある水曜日。
 午後1時過ぎ。
 3年担任の清水先生(29歳女性・教職6年目)は、急いでいた。
「ほら、早く! 給食当番急いで! このあと先生は出張なんだからっ!」

 今日は、教師が一斉に出張し、他校の午後の授業を参観しに行く日だ。
 授業を発表する学校を除き、区内数十校の学校が一斉に4校時まで(午前授
業)で終了となる。教師がみんな出かけてしまうからだ。
 給食のあと、休む間もなくすぐに身支度して、教師たちは出かけていく。
 「一斉授業研究会(一斉研)」と呼ばれる。多くは、水曜日に行われる。

 そんな日なのに、清水級には今日もハプニング発生。

「あっ」とケンタ。
「あ~っ!」清水先生は叫んだ。

 ガッチャーン!
 お皿が割れてしまったのだ。
 子どもたちを急がせたせいで、あわてたケンタが手をすべらせたのだ。
 ケンタはまじめな子だった。
 まじめだから、先生のためにと思って、急いでお皿を運んで、……
 結局転んで、割ってしまったのだった。

「もっとちゃんと食器を持ちなさい!」
 つい怒ってしまった清水先生も、ケンタが悪くないことは分かっていた。
 ケンタは涙ぐんだ。

「ケンタ、怪我しなかった?」
 どうやら皿の破片で切ったりはしていないようだったが、転んだときに腕を
机の角にぶつけたらしい。
 清水先生は、音を聞いてたまたまかけつけた保健室の田中先生に事情を素早
く説明し、泣いているケンタを預けて、割れたお皿を手早く片付けた。
 「急がば回れね……」なんて思ったが、後の祭り。
 驚いて見ている周囲の子に指示して、なんとかかんとか、給食の片付けが終
わった。

 10分後、清水先生は子どもたちを大急ぎで下校させた。
 ケンタも、無事下校した。
【給食を食べ終わり、たったの10分で子どもはランドセルを用意して上着を
 着て下校、教師も同様に出張だ。この多忙!】


〔2〕~~~~~~~~~「どこもおんなじね」~~~~~~~~~

 授業が行われるのは、バスと徒歩で40分もかかる学校だった。
 汗だくになって急いで行ったのに、清水先生は結局遅刻。
 時計を見ると、もう午後2時だった。
 残った授業時間は、あと20分しかない。
【ふつう、ほとんどの先生は遅刻する。まあ時間的にやむをえないのだが】

 上着を脱いで手に持ち、急ぎ足で教室を探し、やっとたどり着いた。
 着いてほっとしながらも、教室を見てちょっと戸惑った。
「あれ? 授業はもう始まってるはずだけど……?」

 4年生の子どもたちの授業を見に来たのだが、その4年生の教室には、子ど
もが10人くらいしかいない。
 だが、よく見ると、となりの空き教室にも子どもたちがいた。
「あ、そうか。グループ発表をしてるのね」

 子どもたちは、グループごとに分かれて、社会科で調べた「ゴミのゆくえ」
についての発表を行っていたのだ。こういう授業では、本来の教室以外の場所
を使うこともある。
 参観に来た50人ほどの教師たちは、好き好きにその発表を眺めていた。

 子どもたちの発表は、大きな模造紙に小さな小さな文字でたくさん書かれた
文章を、交代交代で読むという形のものばかりだった。
 ゴミが出されたあと、回収車が回収し、清掃工場に運ばれ処理される過程に
ついて発表しているらしいのだが、どうにもこうにも、発表の声が聞こえな
い。
 そして、内容も要領を得ない。
【研究授業では、こうやって子どもを半ば「放任」し、発表や活動をさせるだ
けの授業が流行である。教師の授業力を直接見られずに済むからだ。】

 そのうち、聞いている教師たちも飽きてきたのか、廊下で談笑する声が聞こ
え始めた。
 その声にかき消されて、発表している子どもの声は一層聞こえなくなった。
 清水先生は、ちょっとイライラした。
【授業参観のときにおしゃべりする保護者がいるが、教師とて似たようなもの
だ。ひどい。】

 そんなこんなで、「とりとめのない発表だけ」の授業が終わった。
 「どこの学校も、おんなじような感じね……」
 清水先生は、声に出さずにそうつぶやいた。

 授業は定刻より10分遅れで終わり、子どもたちは下校した。
【研究授業だからといって授業時間を延長する教師は、その時点でもうだめ
だ】

 そして、事後研究会が始まった。
【ここからが、特に問題である】


〔3〕~~~~~~~~~ 睡魔との闘い ~~~~~~~~~~

 場所はその学校の視聴覚室。
 他校から参観に来た教師たちは教室から視聴覚室に移動し、並べられた椅子
に順番に座っていった。
【前の席から? それとも、後ろの席から?
 どちらだとお思いだろうか?
 そう、後ろの席からだ。前の方の席は、ガラガラ。
 ここにも、やる気のなさが現れている。
 私は、いつも前から2~3列目に座っていた】

 清水先生も、本当は後ろに座りたかったが、後ろは満席。
 しかたなく、前から4列目に座った。
「やだな…これじゃ、うとうとしてたらバレちゃうわ。いっつも絶対眠くなる
 んだから……」

 その学校の校長先生の挨拶のあと、研究会が始まった。
 午後2時55分だった。
 さっき観たばかりの授業について、みんなで意見を出し合って研究しようと
いうわけだ。
【それ自体は、悪いことではない。】

 司会が言った。
「今年の○○区の社会科の研究テーマを、まず振り返りたいと思います。テー
 マは、『自ら学び、豊かに関わりあう子どもの育成』ですね。サブテーマは
『社会への関心を高めるために』です。では、今日の授業について、授業をし
 て下さった井上先生に、ご自評をいただきたいと思います」

【テーマは、1年ごとに決められるのだが、意味不明のテーマになることが非
 常に多い。これもご多分にもれず、とらえどころのないテーマだ。
 そ・れ・を、どう研究しろというのか?
 研究とは、もっと具体的に、範囲を限定しなければ何も得られない。
 たとえば、「社会科で、資料を批判的に読み取り活用する能力を育てるため
には、それぞれの学習内容の、どこで、どのような資料を教師が提示し、どの
ような発問をすべきか」とか。それだけで、1年がかりの重厚な研究になる】

 さて、指名された井上先生が口火を切った。
「はい。今日はみなさんありがとうございました。つたない授業で、本当に申
 し訳なかったのですが、子どもたちはがんばって発表したと思います。この
 授業は、9月から始めまして、……」

 ……井上先生の自評は、だらだらと15分間も続いた。
【自評というより、なんとなくの感想と、つたなさへの謝罪?と、担任してい
る自分にしかわからないような授業の「裏話」。それだけで15分】

 清水先生がふと後ろを見ると、この時点でもう5~6人の教師が眠ってい
た。すっかり首を垂らして。
「つわものがいるわね……」
 そう思った清水先生だったが、5分後には、清水先生もまた、同じようにう
とうとし始めた。
【これは、あながちやる気の問題だけではない。どの教師も、朝の8時半から
休みなく授業をし、大急ぎで学校を移動し、ようやく椅子に座れたのだ。事後
研は午後3時ごろからが多いから、疲れがどっと出るのも無理はない】

 はっと目を覚ますと、再び司会者がマイクを握っていた。
「では、ご自評をいただいたところで、会場の皆さんからご意見をいただきた
 いと思います。どんな内容でもかまいませんので、どなたからでもどうぞ」
【こういう風に、司会の仕方がアマチュア過ぎるために誰も発言しなくなると
いうのも、眠くなる一因だ。どんな内容でもいい、誰からでも、なんて、いっ
たい誰が発言するんだ!】【研究テーマも曖昧だが、司会の指示も曖昧だ】

 シ~ン……
 当然、誰も発言しない。
 やむを得ず、司会者が、自分の知り合いの教師を指名する。
 その教師は、ぼそぼそっと感想を言った。
「はい。井上先生のお授業は、子どもたちが自主的に活動していて、とてもよ
 かったと思いますよ。ゴミについて、たくさんのことを調べて、よくまとめ
 られていたと思います」
【本当に? 自主的? 嘘だ。やらされているだけだ。よくまとめられていた
? 嘘だ。ただ単に、本や教科書や、清掃工場のパンフレットの中身を、書き
並べただけだ。(写すのも大切なことではあるが、研究授業で発表させる内容
か?)】

 で、結局その発言だけで、次が続かない。
 司会がまた言う。
「どなたか、発言される方、いらっしゃいませんか? せっかくですから。」
【出ました常套句。】

 そんなこんなで、眠る人続出、発言はない。
 あっても、途切れ途切れで、次が続かない「思いつき発言」ばかり。

【私だったら、せめてこんな発言をする。
「今日は模造紙がちょっと見づらかったように思います。私は以前、こんな発
 表方法を取り入れたことがあります。子どもたちがパワーポイントで発表内
 容を作り、プロジェクターで写真等を提示しながら発表したりするんです。
 パソコンを使うと、子どもたちもさらに意欲的に発表するようになると思い
 ますよ。いかがでしょうか。パソコンを授業で活用している先生がいらっし
 ゃったら、ほかにもさらに具体的な方法があるのでは、と思いまして」
 などと。つまり、会場の人にとって「そうかそんな方法もあったのか」と思
えるような意見を出す。(まあパソコン使うくらい珍しいことではないが、少
なくとも、模造紙の発表なんてもう完全に時代遅れなのだ。)】
【本来なら、「テーマそのものがおかしいです」と言いたいが、そこまで、で
しゃばることはしない】


〔4〕~~~~~~ 3時間に及ぶ研究会で何を得たのか ~~~~~~

【たいてい、研究授業は1つの学校で2~3クラス行われるから、最初の先生
だけでなく、他の先生も自評を言い、それに対して「せっかくですから」発言
をし、時間は「まったり」と過ぎていく。】

 そして、午後4時40分になった。
 事後研究会が始まって、もう1時間半以上たつ。
 司会の教師が言った。
「では、ここで、講師の先生に、ご講評いただきたいと思います。よろしくお
 願いします」

「やっと、講師の先生のお話ね……」
 清水先生は心の中でつぶやいた。

【これには2つの意味がある。1…やっと、役に立ちそうな話が聞けそうね。
2…これでもうすぐ終わりだわ。】
【講師と言っても、たいていは同じ区内の他校から来た校長先生である。
 思いつき発言の連続よりは役立つお話をして下さる方々が多いが、それでも
問題はある。とにかく、話が長く、まとまりがないのだ。なぜ、校長とは、か
くも話が長いのか】

 午後5時05分。
 勤務終了時刻の5時を過ぎても、まだ講師の先生のお話は終わらない。
「ああ、早く終わらせて。お皿割っちゃったことと怪我した腕のこと伝えるた
 めに、ケンタ君のうちに電話しなきゃいけないのに。」
 清水先生の意識は、もう講師のお話には向いていなかった。
 他の多くの先生も、同じようだった。

【これまた、授業と同じだ。
 定刻を過ぎた授業に集中している子どもは1人もいない。】

 5時10分。ようやく終わった。
 10分間が、清水先生にとってはとても長く感じられた。

 司会者が言った。
「講師の先生、ありがとうございました。それでは、今日授業をされた先生
 に、最後にもう一度大きな拍手をお願いいたします!」
 そして大きな拍手が起こった。教師たち、なぜか笑顔。

【でも、この拍手は、価値ある授業への賞賛ではない。あくまでも、「研究授
業ご苦労様」というねぎらいの意味でしかない。ほかにもあるとすれば、「や
っとおわったぜ、やったぜ、拍手!!」ってことだ。実は三番目があるがゆえ
に、拍手だけやたらと大きくなり、笑顔が生まれる。】

 ようやく、研究会が終了した。
「ああ。眠かった……」

 清水先生は、冷えた体に上着をまとい、夕日を眺めながら、校門をあとにし
た。「いい夕日ね」

 帰り道、清水先生は独り言をつぶやいた。
「さあ、電話しなきゃ。
 帰ったら、明日の授業の準備しなくちゃ! 全然準備できてな~い!!
 ああ、今夜も眠れないわ。
 でも、研究会中に寝られたおかげで、ちょっと楽ね♪」

 こうして、3時間の研究会で得たものは、ほとんど睡眠時間だけだった。

----------------------------------------------------------------------

(3)まとめ

 大げさに書いたとお思いだろうか?
 否。
 おそらく、教師がこれを読んだら、苦笑が止まらないはずだ。
 思い当たるところは、多数あるだろう。

 もちろん、日本は広い。
 日本全部がこうとは言い切れない。
 しかし、おおかたは同じであるはずだ。

 結局まとめると、腐敗した研究会になってしまう原因は……

1)研究テーマの設定が完全に間違っているから。
  <改善策>
   → テーマの範囲を限定し、具体的に行うのがよい。
     発問の作り方、子どもへの指示の仕方、教材研究の仕方など。
     一番よい方法は、教師による模擬授業を(他の教師が生徒役をし
     て)行うことだ。

2)研究授業を行う教師が、力量不足だから。
  <改善策>
   → もちろん、力量不足だからこそ研究を重ねるわけだが、適当にこし
     らえた授業で済ませてしまう教師の授業を見るために、わざわざ半
     日かけて出かけるなんて、ひどい。やはり、練りに練られた授業
     を、ある程度の自信を持って見せてくれる教師でないと、意味がな
     い。初任者にだって、それは可能だ。事前に、授業案の検討会が何
     回も行われるのだから。

3)司会進行役の技術が低すぎるから。
  <改善策>
   → 司会とは、持ち回りの日直などとは違う。それなりの技術を持った
     人が、覚悟を決めて取り組まねばならない。
   → 司会は、その研究について熟知するよう事前に準備が必要だ。
     そうすれば、いろいろな切り口で司会ができる。

4)時間設定が厳しすぎるから。
  <改善策>
   → 授業を終えて休みなく始まる研究会は、どんな優れた人間であって
     も、眠くなる。会議にしろ、研究会にしろ、なんとかしてもっと余
     裕あるものにしなければならない。


 今回書いたのは、あくまでも校外に出ての授業研究会についてのみだ。
 研修会・研究会と名のつくものは、ほかにもやまほどある。
 それらすべてに、まだまだ問題があるのだが、ひとまずここまでにしよう。

 あ、そうそう。
 これだけは、書いておきたい。

 今回の例は、自分のクラスの子どもたちを帰したあとで出張に出かける場合
だったが、通常の研修等では多くの場合、自分の授業を自習にして出かけるの
である。
 つまり、担任しているクラスの子をほっといて、他校の授業を参観しに行っ
たりすることもあるのだ。(もちろん、他の教師にお願いしていくのだが、自
習であることには変わりない)

 特に、初任者にとってはこれが非常に多い。
 4月、新しいクラスを受け持って、まだ子どもたちの名前すら覚えていない
時期に、5時間目の授業を他の先生に任せて、初任者研修に出かけることもあ
る。
 自分のクラスの子達は、翌日、「せんせ~い! 会いたかった!」なんてあ
たたかく迎えてくれたりもするが、非常に申し訳ない気持ちになる。
 担任しているきみたちをほっといて、あんな価値のない研修に参加した自分
って、なんなんだろう、と。
 これは、初任者が最初に迎える、ひとつの大きな試練なのである。
 (もちろん、歓迎されるべきことではない)

______________________________________________________________________

◆ あとがき

 すべては、システムの問題だ。
 公立学校ってのは、もっと、一般企業等のシステムを学ぶほうがいい。
 研究会の司会のシステムもしかり。
 まあ、会社によりけりだろうが、学校の十数倍システマチックに会議や研究
会を進めている会社も、多いだろうと思う。
 そこには、必ず「マニュアル」がある。

 そう、「マニュアル」こそ、今の学校に欠けているものであるとも言える。
 このへんについては、またいずれ書きたい。

 あとは、改革しようとする意欲があるかないか、ということだ。
 結局、これが一番大切。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━