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        》》》 小学校教育が危ない! 《《《

        No.2  2006/4/12  著者:福嶋隆史


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     No.2 「小学校における研修・研究の実態」
            [1] ~初任者研修の実状~
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<目次>

◆ まえがき

◆ 本論
(1)教えるとは、ズバリ、何をすることか?
(2)初任者研修の実状
(3)ある初任者研修での様子

◆ あとがき

◆ わかる!”業界用語”解説 ~その2【研修と研究】~
◆ 著者プロフィール
◆ 注

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◆ まえがき

 まず、早速このメルマガに読者登録して下さった皆さんに、心から感謝の意
を表したい。
 おそらく、小学生のお子さんをもつ保護者の方、あるいは教育関連の仕事を
されている方が多いのではと思うが、それ以外にも多くの方々に、このメルマ
ガを読んでいただきたい。
 ぜひ、身近な方々に広めていただければと思う。
 
 第1号では、「”危ない”授業」のほんの一端について書いた。
 ここで、「”もっと危ない”授業」について書きたいところだが、それは少
しとっておくことにしよう。
 今号では、第1号の最後にちらっと書いた「研修・研究」の実態について、
書くことにする。

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◆ 本論

(1)教えるとは、ズバリ、何をすることか?

 皆さんに問題。

「教師が子どもに(  )を教える」
「親が子どもに(  )を教える」
「コーチが選手に(  )を教える」
「バイトチーフが新人バイトに(  )を教える」
「係長が新入社員に(  )を教える」

(  )には、共通の漢字1文字が入る。

 さて、お分かりだろうか。

 ではヒント。

 教師が子どもに、「文の書き方」の「基本型」を教える。
 親が子どもに、「あいさつの仕方」の「基本型」を教える。
 コーチが選手に、「投げ方」の(ピッチングの)「基本型」を教える。
 バイトチーフが新人バイトに、「客からの注文のとり方」の「基本型」を教
える。
 係長が新入社員に、「電話の受け方」の「基本型」を教える。

 ほぼお分かりだろう。
 答えは、「型」である。
 「型」は「方(かた)」と置き換えてもいい。つまり「方法」だ。
 あるいは「技(わざ)」とも言える。つまり「技術」だ。

 型 = 方法 = 技術

 「教える」とは、ズバリ、「型」を身につけさせる行為なのである。

「教師(指導教官)が、教師(初任者)に教える」

 これも、「型」を教えるのだ。
 まずもって、「授業技術」を身につけさせることが必要だ。
 それでこそ、初任者研修と言える。
 しかし、実際の初任者研修では、まったくかけ離れたことが行われているの
である。

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(2)初任者研修の実状

 初任者といえども、ある程度の難易度の試験に合格して採用された人たち
だ。
 それなりの力は持っているはずじゃないか。
 そう思われるだろう。

 まあ、それを否定はしない。
 確かに、大学の教科書で学ぶような専門的知識(「児童心理学」「教育社会
学」「西洋教育史」等々)は人並み以上に持っているはずだ。
 人格的にも、なかなか立派。
 だから合格できた。
 しかし、その知識の多くは、残念ながら現場で活用できるものではない。
 自転車に乗る人の心理とか、自転車の社会学、自転車の歴史…等を学んで
も、実際に自転車に乗れるようになるわけはない。
 それと同じだ。

 だから初任者は、4月最初(ちょうど今の時期!)に教壇(というか黒板の
前)に立って呆然とするわけである。「あれ……何を、どうすればいいんだろ
う??」と。(そして、大将格の子どもの言いなりになって、学級崩壊への道
をあゆむ)

 もちろん、大学の授業には「国語科教育法」等の「方法(型)」をにおわせ
る科目もあるが、正直なところほとんど役に立たない。あまりにも抽象的なの
だ。

 つまり、初任者は、子どもを目の前にしてどうすればいいのか、その技術を
まったく持ち合わせていない。
 では、誰かが教えてくれるのか?

 否、誰も「教えて」はくれない。

 もちろん、初任者研修の担当教官(一般の教師が兼務する場合が多い)はつ
くし、年間の必須研修時間も、教育委員会からちゃんと定められている。
 初任者と同じ学年のベテラン先生も、その都度必要に応じて、声をかけては
くれる。
 しかし、「初任者を積極的に育てよう」とする教師は極めて少ない。
 みな、自分の仕事で手一杯だからである。時間的・精神的余裕がない。
 そして何よりも、「教師を教育する」ための技術を、多くの教師たちは持ち
合わせていないのだ。
 もともと、「子どもを教育する」ための技術も怪しい教師が多い中、いった
いだれが、教師を教育することなどできるだろうか。

 初任者は、人に頼らず、自分で努力して学ぶしかない。
 
 これが、小学校の現場の実状なのである。

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(3)ある初任者研修での様子

 初任者研修には大きくわけて2種類ある。
 <1> 校内での研修。
 <2> 他校や、校外の研修会に出張して行う初任者研修。

 今回は、<1>に絞って書く。

<1> 校内での初任者研修

 校内では、他の先生の授業を実際に見ることが中心となる。
 それはそれで、よいことだ。
 どんな先生であれ、初任者よりは経験があるのだから、多かれ少なかれ指導
技術を持っている。
 しかし、そのせっかくの技術も、「型」として初任者に伝わらずに終わって
しまうことが多い。

*****

 ある日、初任者のA先生(女・23歳・2年生担任とする)は、体育の授業
を参観した。
 5年生の体育の授業だった。
 その5年の先生は、特に体育の指導が得意というわけではないが、教師経験
20年近くのベテラン女性教師だった。

 初任者が授業を参観した日は、放課後に指導の場が設けられることが多い。
 放課後の忙しい仕事の合間をぬって、数十分ほど行われる。
 場所としては、雑多な仕事が溢れている職員室で行われることも多い。
 それでも、実施した研修の時間としてカウントされる。

 お茶を飲みながら、5年の先生(B先生)は言った。
B「どうだった?」
A「ありがとうございました。とても参考になりました。」
B「参考になった? じゃあよかったわ。
  わたし、あんまり体育教えるの得意じゃないから。
  体育だったら体育主任の○○先生の授業を見た方がいいと思ったのよ。
  ……でも、5年生もかわいいもんでしょ?」
A「はい。○○さん(児童)って、あんなに跳び箱上手なんですね。」
B「そうなのよ。でもちょっとお調子もんだからね(笑)。」

 こんな調子である。これが研修か?
 これじゃ雑談だ。

 いやもちろん、お茶を飲むのも、いい。
 雑談も、大切だ。
 自分のクラス以外の子どもについて知ることも、重要なことだ。
 しかし、それ「だけ」で終わってしまう「研修」が、いかに多いことか。
 指導技術を学ぶという本来の目的は、なんら果たされていない。

B「あら、もう職員会議が始まっちゃうわね。」
A「はい。ありがとうございました。とても参考になりました。」

 こうして、この日の事後研修は終わった。20分間だった。

 A先生はA先生なりに、参考になったのだろう。それはそれでいい。
 でも、いったい何がどう参考になったのか?
 初任者の視点で気づける指導技術なんて、限られている。

 また、先輩教師は、自分の体育の授業を見て、初任者に何を学んでほしかっ
たのか?
 そういう観点が、まったくない。だから、雑談で終わってしまう。

*****

 こちらはまた別の学校。
 初任者Aや先輩教師Bの年齢等の設定は同じとする。
 ただし、先輩教師はさっきとは別のタイプの、男の先生だ。
 同じように、先輩教師の体育の授業を参観したあとの事後研修会。

A「ありがとうございました。とても参考になりました。」
B「よかった。どんなところが参考になった?」
A「笑顔とか、堂々とした様子とか、見習いたいと思いました。」
B「はっはっは。堂々とね。
  じゃあ、A先生。
  子どもたちが跳び箱を跳んでいる間、私が体育館のどの位置に立っていた
  か、覚えてる?」
A「……」
B「この図に書き入れてみて。」

 A先生は、残念ながら書けなかった。
 そういう視点(立ち位置、という視点)で授業を見ていなかったのだから、
仕方ない。

B「私はそのとき、ここに立っていたんだよ。」
 それは、全員の跳んでいる姿が一目で見える位置だった。

B「どうしてここに立っていたか、分かる?」
A「……
  あ、分かりました! 危ない跳び方をしてる子とかにすぐ気づけるように
  ですか?」
B「そう、その通り。さすがA先生。見る目があるね。」
A「いえいえ ^_^; ……」

 こうして、A先生は、ひとつの「基本型」を、身につけた。
 体育の授業のときには、児童の安全に配慮するために、自分が立つ位置を常
に考えるという「基本型」だ。
 これは基本中の基本だが、守られていない授業をよく目にする。
 ついうっかり個別指導に熱が入り、立ち位置を忘れて移動してしまい、自分
の背後で怪我人が出る。
 これは、教師が注意義務を怠ったことになるから、大怪我だったら後々大変
なことになる。
 もちろん、どんな教師でも完璧はありえない。
 そして、どんなに注意していても、怪我は起こる。
 しかし、出来る限りの配慮をし、怪我を減らすよう努力することはできる。
 初任者にとって、このような基本を日々積み上げることは、極めて重要なこ
となのである。

 なにはともあれ、このように先輩教師が「基本型」をきっちりと教えない限
り、初任者は日々苦労を重ね、ついには学級崩壊し、だがその原因はつかめ
ず、疲れきって職を辞してしまうことにもなるのである。


<2> 他校や、校外の研修会に出張して行う初任者研修

 これも問題だらけなのだが、詳しくはまたいずれ述べたいと思う。
 内容的には、一般教師の「研究会」と重なる点が多いので、そちらで述べ
る。
 今回は、すでに文章が長くなってしまった。

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◆ あとがき

 初任者を始めとして教師たちはもっと、外部の研究会に積極的に参加すべき
である。
 外部とは、土日などに行われている、民間団体の研究会・講習会等のことで
ある。
 これらには当然、時間と費用がかかる。
 しかし、その時間と費用は最終的に、子どもたちの学習成果・子どもたちの
笑顔に、必ず結びつく。
 そして、その結果として、教師にも笑顔が生まれるのである。

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◆ わかる!”業界用語”解説

 ~ その2【研修と研究】 ~

 研修と研究の違いは何か。


 研修は、教える側と教わる側が比較的はっきりしているものである。
 研究は、皆で議論しながら、テーマについて考察を重ねていくものである。


 研修は、教わるほうが、終わった後に新しい「技術・型・方法」を得ること
ができなければ、意味がない。
 研究は、参加者が、終わった後に「新しい問題提起」や「次なる課題」を得
ることができなければ、意味がない。

 一見似ている両者だが、内容は明らかに違う。
 研修会と言いながら、あれこれみんなでしゃべっているだけの会がある。
 研究会と言いながら、講師が一方的に話しているだけの会もある。

 教師たるもの、こういう言葉には敏感でいなければならない。

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